7 生まれたばかりの物語には

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 小さな暖炉の前、ゆらゆらと火影(ほかげ)がトトの横顔を照らす。狼みたいな大きな口を閉ざすと、じっと私を見つめた。オレンジ色が滲む瑠璃色の瞳から心配しているのが伝わってくる。  境界を越えた直後すぐにアスファルトの道が現れ、遠目にしろく咲き誇る花々を目にして安堵する私に、虫の知らせなのか、トトは小屋のドアに凭れかかって待っていた。 「夜にならないと会えないなんて、(フクロウ)蝙蝠(コウモリ)、それとドロシーだけだな」  なんて犬歯を見せながら冗談を言うと、「火に当たれよ」といつも通り中へ案内してくれた。風が吹くたびにはめ殺しのガラス窓がガタガタと音を立て、すきま風が容赦なく吹き込み、一層厳しくなる冬の訪れを感じる。  「これ飲めよ、あったまるぞ」  すると、火にくべらていた鍋に木杓子で中身をすくうと、トトは湯気の立つボウルを差し出してきた。  スープだ。 「味は保証しねぇがな」  木のボウルを受け取ると、じんわりと(てのひら)に熱が沁みた。黄金色の液体には、普段私が西の丘で採るのと同じキノコ達が浮かんでいる。そおっと一口啜ると、 「美味しい……!」 「ははっ、そりゃ良かった。空腹が一番のスパイスだからな! 食いしん坊だなドロシーは」 「ちょっ……、ち、違うわ」 「いいっていいって、俺の前では(かしこ)まんなよ。ほら、どんどん喰えよ」  狼みたいな険のある顔をくしゃくしゃに綻ばせ、けしかけてくる姿はまるで悪戯(いたずら)好きの妖精みたい。胸の奥が仄明(ほのあか)るくなってくると、 「――暗い顔しているのはそのせいか?」  急にトトは真顔に戻った。  紺碧の空を閉じ込めたような眼差しに射抜かれ、弛んでいた私の肩がカタン、と小さく鳴る。 (……セーラお母さんのことを知りたくて〈外〉に出て来てしまったけど、トトに会いに来て、私はどうするつもりだったんだろう……)  今更ながら困惑が頭を(もた)げてくる。 「訳あって俺に逢いに来たんだろ、ドロシー」
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