7 生まれたばかりの物語には

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 敏捷に餌をつく鳥のようなトトの問いかけに、カタカタ、とまた小刻みに震えた。  ぎゅっと両手で肩を抱える。けれど、肩は震えていなかった。もっともっと体の奥、胸が、胸の辺りがぼんやりと静かに波打っている。  ――トトに会えば、何か分かる気がする。  Salem(セイラム)の森を掟を破ったセーラお母さんの足跡を辿り、〈境界〉を越えた時の私には確信があった。  けれど、いざこうして会えた私は狼狽(うろた)えたまま、まだ道に迷子みたいだ。 「なーんてな。ほらよ、今夜分のミルストウだ。これ持って帰って、元気出せよ」  戸惑っていると、真珠のような実がついた枝を差し出された。  黙ったまま受け取る。すると、 「やっぱり一本じゃ足りないか?」   怪訝そうな声が続く。 「……すまねぇ、ドロシー。困らせるつもりはなかったんだが……ほら、この小屋、村でも外れにあるだろ? 俺、ライアン爺さんの跡を継いで(きこり)をやっているけど、丸太の買い取り業者ぐらいしか顔を合わねぇんだ。村じゃ俺、やっぱり気味悪がられているからさ、あんまり他人に会えねぇんだよ……」  ――そうだった。この小屋近くで捨てられた孤児(みなしご)のトトは、ライアンお爺様が保護しなければ生きてこれなかったと、初めて会った時に教えてくれていた。 「素性の分からぬ者を拾いやがって」と、Salem(セイラム)の村人達は良い顔をしなかったらしい。かつて、ティトゥバ様を追いやったのも同じ村の住人達だ。  〈外〉の人間達の(やいば)がトトにも向けられていた、と想像するだけで身の毛がよだつ。  「だから、こうやって定期的にドロシーに会えるのが嬉しくってさ。一気にあげたら、もう会えなくなるんじゃないかって……。でも、きっと沢山必要なんだよな、ドロシーは。ごめん、好きなだけ持って行って」 「――ち、違うの!」  弱々しく沈んでいくトトの表情に耐えられず、私は思わず声を上げていた。  私に向ける笑顔、その緩ませたサファイアの瞳には暖炉の火のオレンジ色が反射し、夕闇に飲まれていく太陽みたい。  その優しさが、震えている体の奥に滲んでいく。 「トト、実は……私、……Salem(セイラム)の森から来たの!」
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