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とある県の、とある田舎の片隅に、細々と続く小さな寺がある。
建立は室町とも戦国時代ともいわれているが、のちの太平の世も、動乱の開国も。さらには大きな戦争でも一切の被害なくくぐり抜け、なおかつ周りの村が廃れてもふらりとどこからか住職がやってきて令和の世まで存続している寺である。
それが今、ちょっとした観光地になっているのは、周りに名所旧跡があるわけでもなく、ともすれば生い茂る木々に隠されてしまいそうな場所にあるものの、なぜだかどうして初夏の時期になると寺を囲むように桔梗が狂い咲き、いつのころからか桔梗寺と呼ばれるようになったからだ。地元民ぐらいしかなかったそこは昨今テレビで取り上げられたり、パワースポットや映える写真スポットとしてちょっとした賑わいを見せている。
しかし初夏に一面、薄紫に染める桔梗の群生は、まるで寺ごと飲み込み攻め落とさんばかりの勢いであるにも関わらず、不思議なことに境内ではただの一本たりとも桔梗は生えず、また切花で桔梗を生けても瞬く間に枯れてしまうという。
その不思議に遺恨の深さを知るのは、建立の逸話を伝え聞く代々の住職のみである。
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