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ごうごうと。ごうごうと。炎が舞っている。
風向きが変わったのか、流された火の粉や焼けた何かの破片があちこちから降り注いで、肌を焼いた。
しかし、払い除ける暇も避ける余裕もなく、清真はただただ足を動かしていた。普段走ったりしない足はおそらくとうに限界を超えていたが、今はつらさを感じなかった。今までの人生でこんなにも緊張して、心臓が跳ね上がったことはきっとない。
ぐっしょりと濡れた体は、夏の暑さのせいではなかった。歯の付け根が無意識に滑ってカチカチ震えが止まらない。
まさか、まさか。
ぎゅっと包みを抱きしめて、前をゆく仲間の背中を見失わないようにこれでもかと目に力を入れる。
殺気立つ武士の間を、今に振り下ろされろう刃の下を、まさか「こんなもの」を抱えて逃げることになろうとは。
恐怖と緊張で迫り上がってくるものをなんとか飲み込んで、清真はただひたすら足を動かしたのだ。明るくなってきたとはいえ薄闇が漂う辺り道なき道と、涙ではっきりしない視界。何度もつまずきそうになる。走っていい、けれど、逃げることは許されない。それだけが清真が腕の荷物を抱きしめる続ける理由だった。
時は天正六年六月二日未明。
場所は、京都。本能寺。
後の世に言う、本能寺の変である。
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