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※※※
真夜中。成真は水をぶっかけられる夢を見て飛び起きた。
慌てて着物を脱ごうとするも、寝巻きはちっとも濡れていない。ああ、夢か、と即座に理解したものの、妙に現実味のある夢にすっかり目が冴えてしまった。さりとていくら朝の早い寺住みとはいえ流石に起きるには早すぎて、厠にでもいくかと部屋を出たのであった。
その時だ。
視界の端に、赤い光を見たのは。
「…………え」
「よかった。繋がったっっ」
何事かと理解する前に、響いた大声に成真はうっかり灯りを落とすところだった。夜盗の類いかと一瞬身を強ばらせたものの、おそるおそるうかがえば、月明かりに照らされた顔は見知った相手で成真は胸を撫で下ろした。
「……白川さま」
白川藤四郎という若侍である。
しかしいくら夜明けのほうが近いとは言えまだ夜半である。正門も裏門も閉められているというのに一体どこから入ってきたのか。
だが、その疑問よりも、息を切らせ今にも倒れそうな相手への心配がまさり、大丈夫ですか、とあわてて声をかける。
成真の知る彼は、時折り寺に訪れる天下人、織田信長公のお供で、涼やかな容姿と飄々とした掴みどろこのない若侍だったのだが、それが今はどうだ。
息を切らせるだけでなく、髪は乱れ着物はあちこち破け煤けている。
何が大変なことが起こっている。
あの赤い光の出どころはてっきり御所だと思っていたのに、それはきっと外れているのだろう。白川の姿は、一介の僧侶に過ぎない成真にそう確信させるほどものだった。
そして、その通り。白川は、声を振り絞って、天下がひっくり返るようなことを口にしたのだった。
成真はとりあえず白川をそこに残しに、住職たる清玉上人の寝屋へと走った。夜中だとか、床に響く足音だとか気にしている暇はなかった。
何故なら成真が抱えてしまったのは一大事だ。
大変だ。
大変だ。
大変だ。
誰にも会わず止められなかったのを幸いに、成真は勢いそのままに清玉上人の寝屋に飛び込んだ。
「清玉さまっ。謀反です。明智光秀様がっ、信長様に謀反にございますっ」
ーー本能寺が燃えています。
飛び起きた清玉上人にむかって成真は力の限り叫んだ。
寝起きに見た南の空を染める赤い光こそ、炎舞う本能寺であったのだ。
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