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「……おまえ、その包み。いったいどこから」
「あの、さっき…白川様の、声が……」
声が聞こえて、自分の腕の中に包みがある。全く突然だっあ。茂みが一度揺れただけで、そのほかは気配もなにも感じなかったのだ。まるで、ここで忽然と消えてしまったかのように。
そこで初めて、成真は白川の存在を疑った。
「成真、その包みをかしなさい」
だが、青玉上人にとってはそれよりも大事なことがあった。かすかに震える手で包みを丁寧に解き、そして出できた箱をそっと開ける。
あたりは明けの光が差し込み始め、東の空は薄水色が広がり墨が掠れて消えていく。だから、その箱の中身は見間違えようはずもなかった。
微かに瞳を揺らした清玉上人はぐっと唇を噛んで、静かに手を合わせる。そして、そっと、蓋を閉めた。
沈黙は一瞬で、すぐさま顔を上げた清玉上人は、厳しい顔のまま成真の名前を呼んだ。
「この包みを持って、先に寺に帰りなさい。そしてすぐに寺を出るのです」
「何をおっしゃるのですかっ」
「少し前。とある筋から縁を頼って住職がいなくなった寺に誰かきてもらえないかと嘆願がありました。おまえはこの包みを持ってそこに行き、供養塔を建て『これ』と寺を守りなさい」
「待ってくださいっ。無理です。無茶ですっ。わたしは住寺職につけるような資格も、修行もしてはおりませんっ」
「山間の、小さな村の小さな寺です。必要なものはこちらで揃えましょう。阿弥陀寺に直接の縁もないそこに、お前がいくならば、『これ』が明智の…いえ、他の誰にも見つかることはないはずです」
「それはっ……そうかもしれませんがっっ」
話が通じない。めちゃくちゃである。成真は下っ端の僧侶に過ぎず、普通ならば住寺職など夢のまた夢のはずだ。
いっそ気が触れたのかと成真は清玉上人の精神状態を心配した。
「二人つけましょう。彼らがわたしの言葉を寺に伝えれば、万事ぬかりなく用意してくれるはずです」
「清玉様っっ」
「成真。時間がありません。おそらくこれが今生の別れになるでしょう。おまえにわたしの一字を託します。今後は『清真』と名乗りなさい」
「ですからっっ」
なぜ誰も止めない。共に来た僧侶は、みな成真よりも年かさで修行経験も仏道への信仰も深い。誰かに託すとしても、それが成真でなければならない理由などあるのものか。
「信長様の供養はわたしが行います。ですが、わたしと織田家の関係は周知のもの。供養することに問題はなくとも、遺体の一部を持っていると知られれば最悪寺中を掘り起こしてでも探される可能性があります。けれど、けして、けして、『これ』は……信長様の首は、誰にも渡してはならないのです」
それは成雲とて理解できる。しかしーー。
「………どうして、わたしなのですか。それならば、もっと相応わしい方が」
「いいえ。おまえの役目です。おまえではなくてはいけないのです」
そういうと、清玉上人はスッと地面を指差した。そこにあったのは、箱と共に包みに入っていた短刀だ。こんなものあっただろうか。成真は首を傾げた。
「信長公が懐刀と肌身離さず持たれていた短刀です。粟田口の刀工、吉光が一振り。名刀。薬研通吉光」
「それと、わたしがなんの関係が……」
「粟田口の辺りはかつて白川と呼ばれていました。そして吉光の通称は、藤四郎というのです」
「ま、さか……」
「人に長く大切にされた道具には神が宿るといいます。しかしそのような存在は、元来本体からさほど離れられぬとも聞きます。これはおまえを選んで、おまえとの縁を頼りに、本能寺から阿弥陀寺までやってきたのでしょう」
「………………そんな」
「人ならざるものとはいえ、これも御仏の導き。おまえが、縁を結んだのです」
「清玉様……」
「清真。どうか、義兄上を、頼みます」
そういって、清玉上人は手を合わせ、深々と頭を下げたのだ。
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