2人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
「今日は稽古に来ないでください」
やっと射止めたヒロインの座。病気疾病もろもろではなく、理由もなく稽古に来るな、なんて言われたことは初めてだった。監督兼脚本家の座長との相性もよかったし、数回目の参加だったから自信もあった。なのにと携帯をそのままベッドに投げつけた。
信じられない。
そして、友人らからの通知で気付いた。
「……私の、なまえ?」
これ、本当なの?
複数人から同じURLが届いていた。サムネには、彼の写真。嫌な予感がする。タイトルは。
「スクープ! 同棲していた女は」
これは確かに、稽古どころではない。
同棲していた。が、彼は関西でのロケがあるからと一週間前に出て行ったっきり連絡がない。いつも通り。撮影に集中したいからと最低限の連絡だけで終わるような日々。
だからこそ、私は自分の演技に集中できる。そう思っていたけれど、どうやら、これらの記事によると、その間は「本命」の彼女のところに行っていたそうだ。
それは誰か。
知りたくない。けれど、知らなきゃいけない。
次々届く通知を無視して、再度ブラウザで開いた。
「スクープ! 同棲していた女は浮気相手。本命は、」
その数文字を見ただけで、私は再度ブラウザを閉じた。
本命は大女優の娘。コネクションはもとよりルックスが完ぺき。演技も抜群のサラブレッド。ことあるごとに
――なのに、彼は浮気をしていた。
――なのに、相手は平凡以下の女優だった。
有る事無い事、ではない。あること事実が書かれている。
遮光カーテンの縁から飛び込んでくるフラッシュライトが、彼らの存在を見せつけてくれる。まるでランウェイのような光。
彼は言った。
――一度浴びてしまえば、きみは女優をやめられなくなるよ。
わかっている。
だからいつも、私は準主役どころか端っこの市民Cを選ぶようにしていた。
バイトの合間を縫って言葉を発することが好きだった。
だれにも批判されない、すみっこの小石。だから私はそれを選ぶようにしていた。光を浴びることが苦手だった。それに、彼は気付いていた。
――それが一番、自分を揺さぶる。だから、一緒に光を浴びてみないか。
私はそのとき、曖昧に返事をして、明言を避けた。
でも、ここまでお膳立てされておいて、ただただ引き下がるなんて、私にはできそうもなかった。
遮光カーテンを開ける。昼間の太陽の合間から、人工的なフラッシュが、明滅する。
私は今日の発声練習分の声を、彼らに届けると決めた。
「みなさんこんにちは! ここに彼が最初にくれた手紙があります、一度見に来てくれませんか!」
皆が私を、見る。
奇異の目も、好奇の目も、ぜんぶ全部食らい付くしてやる。
――君は、役者をやめたくはない。けど、食い扶持がない。
――まだ、生きあぐねているね。
――もっと貪欲になったら、変わるよ。
――君を大女優にしてあげる。
全部全部あの人のプロットに甘えている。
すべて虚構の板の上。選べるのなら、光量までもを選びたい。
私は花形ではなく、野端を選ぼうとしていたというのに。
「私の名前は、――」
彼女の名前を告げた。
化粧もしていない自分を、誰が彼女と間違えるだろう。
頭のおかしいやつだと笑うだろう。
――そうでもしないと、あなたと同じ土俵に立てなくなってしまう。
その焦燥感だけが、私を突き動かしていた。
だけどやっぱり、そんな自分を、私自身が許せなかったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!