おばあちゃんの価値観

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おばあちゃんの価値観

 陽咲の期末テストから十日ほど遅れて、大学でもテスト週間が始まった。実采たちに構ってあげられずに悲しい思いをさせてしまうのが可哀想で、テストの少し前から千尋の家に泊めてもらった。  心理統計学は、叶多に見てもらったおかげで何とか理解できるレベルにまで到達したけど、鬼門は心理学概論だった。専門用語だらけで、千尋と悲鳴を上げながら覚えては忘れてのサイクルを繰り返した。  勉強の合間や寝る前に、千尋といろんな話をした。叶多の話や、その妹弟たちの話もした。最後の晩に、父親のことを初めて打ち明けた。 「やっぱりユメちゃんもいろんなこと抱えてたんだね」  そう言って、千尋は私を抱きしめてくれた。  夏休みの話もした。私は、おばあちゃんの家に帰省した後、車の免許合宿に行く計画を述べた。千尋は、数日間だけ帰省して、後はこっちでバイトをするそうだ。夏休み中に手話サークルの活動として聴覚障害を持つ子供たちとの交流会に参加するらしく、「その前に髪の色暗くするんだ」と彼女は宣言した。金髪の根元がだいぶ黒くなっている。 「でも、休み明けて金髪のままでも呆れないでね」 と、千尋は冗談めかして笑った。  長かったテスト週間が終わって、久しぶりに叶多の家に戻って一日だけ過ごした後、おばあちゃんの家に帰省した。  おばあちゃんは気兼ねなく話せる相手に飢えていたようで、終始饒舌だった。私がもう子供ではないと思ってか、初めて聞くような話もあった。  例えば、お母さんと父親がデキ婚だったことを私は初めて知った。お母さんは三十五歳の時に八歳年下の父親と出会って私を産んだのだが、父親と出会ったばかりの頃、長く付き合った恋人と別れたばかりで傷心だったのらしい。 「そんな若い男やめなさいって散々反対したのにマサミったら聞かなくて、挙句には妊娠して」 と、おばあちゃんはブツブツ言った。妊娠して生まれたのが、目の前にいる私なのだけど、それはおばあちゃんの中では切り分けられているようだ。  おばあちゃんは、私の中学や高校時代の同級生の動向についても、ベラベラと喋った。地域一帯の婦人会を取り仕切っているから、私以上に詳しくて、誰々が就職に失敗してフラフラしているだとか、誰々が行っている大学のレベルが低いだとか、誰々の兄が心を病んで引きこもっているだとか、そんなゴシップを、ことさら面白そうに話した。  一緒に暮らしていた時にはそこまで違和感を覚えなかったけど、今は少し不快に感じた。でも、私の何倍も長く生きているおばあちゃんに、今さら価値観を変えさせることはできないとも思った。だから、せめてもの孝行として、黙って耳を傾け続けた。  延々と続く話を聞きながら、おばあちゃんと父親は正反対なのかもしれないと思った。おばあちゃんは、自分と自分の大事な人さえ良ければ、周りはどうなっても構わないと考えている節がある。一方父親は、常に目の前の人を優先して、そのためには自分の家族でさえ蔑ろにする。優しさを循環させるという理想のもとに。お母さんは、父親に出会って自分の価値観が崩れるのを感じたと言っていた。もしかするとお母さんは、父親の生き方を尊重しようとして、でも家族として受け入れられないことばかりで、それで苦しんでいたのかもしれない。そんなことを思った。
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