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相川は週に二、三回喫茶店に訪れた。近所に住んでいるらしく、いつもほとんど手ぶらでやってきては、三十分ほどマスターと談笑して帰る。真紀とも何度も顔を合わせ挨拶しているが、気がついた様子は全くない。お気楽なことだ。  真紀は、相川に復讐するために喫茶店でアルバイトを始めたのである。というより、相川の行きつけである喫茶店がアルバイトを募集していたから復讐を計画した、が正しい。コーヒーはマスターが提供するが、お冷を出すのは真紀の仕事だ。マスターと相川が話に夢中になっている間に、お冷に毒物を混ぜるのは容易い。毒物は、インターネットで調べて、即効性がありかつ苦しむ物を選んで入手した。  今、その毒物は制服のエプロンに入っている。忌々しいことに、相川が店に来るタイミングはバラバラだった。どうやら在宅で仕事をしているらしく、気まぐれにやって来るのである。だから、せっかく毒を手に入れたというのに、いつチャンスがくるかわからないのだ。  狭い店内で、何度もイメージトレーニングをする。二人に背を向けながら、お冷のコップに毒を入れ、カウンターのテーブルにすべり込ませる。無様に泡を吹いて倒れる相川の姿を想像する。きっとマスターは、泣きそうな顔で救急車を呼ぶだろう。復讐が済んだ後のことは考えていなかった。殺人の罪で警察に捕まるだろうなと、ぼんやり想像するだけで。  入口の戸についた鈴が鳴る。振り向くと、相川が立っていた。 「いらっしゃいませ相川さん」  相川はいつもと様子が違った。すぐに店内に入って来ず、立ち止まっている。 「どうし――」  真紀の台詞が途切れた。相川の後ろから、五歳ほどの女の子が顔を覗かせたのだ。 「ああ!のぞみちゃん。久しぶりだね~」  女の子を一目見て、マスターが歓声を上げる。のぞみちゃん? 「嫁の実家行ってたんすよ。昨日戻って来たんで、来たいって言うから連れてきました」 「そうかそうか、パパとお出かけできて嬉しいねぇ」  パパ?目を見開いて女の子を見ると、彼女は満面の笑みでうなづいた。
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