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ヒュン。
空中でしなった鞭が空気を切り裂くような音を立てる。
その数秒後、振り下ろされた鞭が肉を打ち、打たれた男が断末魔のような叫びを上げた。
男の背中には既に振り下ろされた鞭によってできたミミズ腫れがいくつもあって痛々しい状態になっている。
両手と両足を拘束され、床に伏した男の表情は見えない。
それは彼が被虐性愛者、所謂マゾヒストを表す動物を模したマスクをつけているからだ。
彼のマスクは馬(シュバル)だった。
「見てごらんなさい、cheval。あなたが無様に床でのたうちまわっている姿を大勢のゲストが見ているわ」
鞭を片手に甘い声で話したのは女性だ。
背中や胸元が大きく開いたマーメイド型のイブニングドレスには深いスリットが入っていて、彼女が動くたびに美しくしなやかな脚が大胆に覗いている。
高い位置で夜会巻きにされたヘアスタイルと細長いドレス、それに傾斜の高いヒールを履いているせいか、彼女そのものが一本の鞭のようにも見える。
彼女もまた、マスクをつけていた。
黒地に真紅の美しい刺繍と飾り羽が目を引くドミノマスクは加虐性愛者、所謂サディストの証だ。
「さぁ、もう一度いい声で鳴いてちょうだい」
振り上げられた鞭のしなる音に、馬の男が息を呑むのがわかった。
バシッ!!
打たれた次の瞬間、馬の男の反応がそれまでと全く違うものになった。
叫び声はか細く、途切れ途切れ。
ガクガクと全身を震わせたかと思ったら、今度は喉を反らし、びくんびくんと二、三度跳ね上がったのだ。
壇上で行われていたその行為を静かに見守っていた会場から、どっと歓声が沸く。
「鞭だけでイかせるなんて見事な調教だ」
「やはりMrs.Tとシュバルの相性は素晴らしい」
「シュバルの下着の中がどうなっているのか想像するだけで虐めたくなるよ」
まるでコンサートを終えたシンガーの如くステージ上で優雅にお辞儀をするMrs. Tに向かって、称賛の言葉が飛び交う。
その観客たちもまた、皆マスクをつけていた。
サディストたちはドミノマスク、マゾヒストは動物を模したマスク。
ある者はMに首輪をつけ足元に傅かせ、またある者はMを家具にして椅子として使い、ある者は膝に乗せて毛並みを愛でている。
もちろん、これは双方の合意の上で成り立っている関係だ。
たった今壇上で鞭打たれ、大勢の目の前で失神しながら達した馬の男も然り。
彼は自ら望み、サディストであるMrs. Tに打たれたのだ。
ここ、クラブFoli Douceは、そんな嗜好の持ち主たちが集まる場所だ。
クラブの会員たちは皆互いの素性を知らない。
素性を知ればプレイに集中できなくなるし、表の世界での活動に支障が出るからだ。
彼らは所謂特殊嗜好と呼ばれるような者たちだが、表の世界では誰もが知っているような有名人や著名人ばかりだ。
歌手やダンサー、画家や政治家、俳優やアスリート選手もいる。
彼らがSM嗜好を持つ者だと、表の世界の住人は誰も知らない。
悲しいかな、その嗜好は一般的に快く受け入れられるものではないからだ。
その誰にも告げられない隠された嗜好を、彼らはこの秘境と呼ばれるような山奥にあるFoli Douceで発散させているという訳なのだ。
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