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瑞希のオフィスにはよっぽど緊急な用事がないかぎりスタッフさえも滅多に近寄ろうとしない。 瑞希はスタッフに対して厳しく、また普通の職場のようにコミュニケーションというものを全くとらないからだ。 雇い主としてスタッフの素性は知ってはいるものの、彼らが普段どんな生活をしていてどんな性格なのか瑞希は全く知らない。 クラブの質を高めるためには馴れ合い等は必要ないというのが瑞希の考えなのだ。 誰もが恐れる瑞希のオフィス。 だが、唯一堂々とここに出入りしている人間が一人だけいた。 「入れ」 瑞希はちらりと扉に目を向けると、入室を許可する言葉を放つ。 相手を確認しないのは、来訪者が誰だか予想ができているからだ。 扉を開けて入ってきたのは漆黒のドミノマスクにドレススーツ姿の男だった。 後ろに流されたウエットなヘアスタイルや、胸元の深いパープルのアスコットタイがシックな男の雰囲気を更に際立たせている。 黒いベルベット地のドミノマスクを優雅な仕草で外すと、男の素顔が現れた。 切れ長の瞳に高い鼻梁。 意志の強さを感じる眉と唇。 バランス良く配置されたパーツはどれもシャープで洗練されている。 どことなく冷たさを感じるのは、男の髪や瞳が黒いせいだろう。 何ものにも染まらないという黒が近寄り難い強いオーラを放っている。 男は切れ長の細い目を瑞希の方へ視線を向けると、フッと柔らかな笑みを浮かべた。 バラの花でも背負っているかのような微笑みに、瑞希は思わず視線を外してしまう。 男の名は、新城一鷹(しんじょういちたか)。 男はクラブのゲストだ。 「こんばんは。今夜も素晴らしいイベントでした」 新城はそう言うと、瑞希のいるデスクへゆっくりと近づいてくる。 高身長で足が長いせいか、少ない歩数ですぐにそばまでやって来た。 「でも今日は会場にあなたの姿がなかったのでとても残念でした」 いつもの饒舌が始まった、と辟易しながらパソコンに向かう瑞希。 だがお構いなしに男は続ける。 「あぁ、でもMrs.T(ミセスティー)とシュバルにとっては良かったかもしれません。彼女の鞭さばきも、あなたの前ではきっと霞んで見えていたでしょうから」 「鬱陶しい」 新城の言葉に瑞希の言葉の鞭が叩きつけられる。 だが新城は怯む事なく、ますます楽しそうな笑みを浮かべた。
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