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ネットで里親募集をしていたのは、三十歳ほどに見える子太りの女だった。
啓吾はケージに入った子犬を受け取り、軽く頭を下げた。
「優しそうな人で安心しました」そう言う女に、あいまいな笑顔で答えた。
手を振って別れ、待ち合わせ場所だった道の駅を出た。
周囲は江戸時代のような古い町並みだ。大昔は宿場町だったそうで、地域のささやかな観光資源になっている。
バス停のある国道を目指して、石畳の道を歩く。子犬は吠えもせず、穏やかな呼吸を繰り返している。
瓦屋根の木造家屋の軒下に、啓吾の膝ほどの高さの大きな壺が置いてある。
子犬を受け取りにバス停からこの道を歩いてきたときには、こんなものには気づかなかった。
歩いていくと、似たような壺が次々と現れる。
同じ壺が追いかけてきているかのように、どの壺もよく似ている。
気にかかった。
立ち止まり、壺の中に目を向ける。夕映えの空の色を映してか、赤い水が湛えられている。
壺の中で雲が流れている。
その下に瓦屋根の街並みが沈んでいる。
おかしいと思った。
現実の建物が水面に映りこんでいるのなら上下逆転しているはずだ。
何故屋根が見えているのか。
ジオラマのような、ミニチュアの街を壺の底に置いているのだろうか。それならば理屈は通る。
壺の中の空を、鳥がV字型の編隊を組んで渡っていく。渡り鳥だろうか。珍しい光景だ。
啓吾は空を見上げた。
鳥などいなかった。
何だこれは。
壺の縁に手をつき、本格的に中を覗き込んだ。あたりまえのことだが、自分の姿が映った。特に深い考えもなしに、片手を水面に向かって伸ばす。水の中からも手が伸びてくる。
指先に水面が触れる。
水の中から伸びてきた手が、啓吾の手を掴んだ。
抗う暇もなく、壺の中に引きずり込まれた。
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