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 遠くかすかなサイレンの音がまどろみの中で響いて消えていった。  目覚めてみると啓吾は畳の上に敷かれた布団の中だった。  障子窓から赤い光が射して、畳の上に広がっている。朝焼けなのか夕焼けなのかわからない。  窓の近くの板敷きに卓子と椅子が置かれていて、袴姿の和装の女が腰掛けている。卒業式の女子大学生のようには見えない。和装が馴染みすぎている。 「あら、目が醒めたのですね」  かすかに首をかしげ、穏やかに微笑んで女が言う。美しい女だが、まるで人形のようだと思う。柔らかすぎる声からは、どこか感情が欠け落ちているように感じられた。啓吾は布団の上に起き上がりながら尋ねた。 「ここは、どこですか」 「あなたの家です」 「僕の家はこんなじゃない」 「仮の宿、と言えば満足ですか」  話しているうちに思い出した。壺の中から手が伸びてくる、奇妙な夢を見たことを。  ここは、あの道の駅のそばの旧宿場町のどこかだろうか。現実には、なにかの理由で気を失うかどうかして、この家に運び込まれたのだろうか。 「僕はどうしてここにいるのですか」 「選ばれたからです」  答えが簡潔すぎて意味がわからない。 「そういえば、僕が連れていた子犬はどうなりましたか」 「選ばれませんでした」  何もわからない。話していてもらちがあかないと思った。立ち上がり、障子窓を開けた。  眼下に広がったのは、見たこともない異様な光景だった。 「ここは、一体何なんだ」  驚愕が、かすかなつぶやきとなって漏れた。女が静かに答えた。 「壺中天」と。
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