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 巨大な噴火口(クレーター)のような地形だった。  放射状に広がる無数の坂道を挟んで、戦前めいた様式の和風建築がひしめくように建ち並んでいる。  坂道の上は赤い霧のようなもので霞んでおり、どこまで街が続いているのか見当がつかない。  そして、坂道の集中する下方には不自然に広い空白がある。黒い瓦屋根の街に囲まれて、砂なのか、御影石の類を敷き詰めてあるのか、異様に白い。 「なんだ、これは」  啓吾は誰に問うともなくつぶやいた。  こんな都市が地球上にあるとは思えなかった。  ここはどこなのか。何故自分はこんな場所にいるのか。  隣の町で子犬を譲り受けて、ただ自分の家に帰るだけのはずだったのに。  視界の端で、人形めいた女がかすかに笑った気がした。  女は答えなかった。  答えるかわりに口をOの字に開き、だしぬけにサイレンめいた悲鳴を、いや、サイレンの音そのものを口から発し始めた。  緊急車両のサイレンとは違う。夕暮れ時の工場ので鳴るような、単調な高音がいつまでも、果てしなく音量を上げながらいつまでも鳴り続ける。それは見る間に騒音の域を越えて、大気の振動そのものとなって鼓膜に襲い掛かる。  啓吾は耳から生温かいものが垂れ落ちるのを感じ、首を拭った。  血だ。  啓吾は両耳を抑え、目を閉じた。  もちろんそんなことでサイレンの音は消えない。世界そのものが振動するようなその音響は、血流が沸騰するような耐えがたい苦痛となって啓吾を包み込む。啓吾は己に問う。    僕は死ぬのか。  いや、ここがすでに地獄なんじゃないのか。  そうではなかった。  彼はまだ、地獄の入り口にすら来てはいなかった。                         
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