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下からかちあげるように短刀を弾いた。相手の短刀はぎらつく光の弧を描いて振り下ろされてくる。ナイフを斜め横にして受け、流す。  十手状の枝に挟んで捻れば、得物を折るか、奪い取ることができる。だが、一歩間違えれば拳を斬られる。安易に試せることではない。  ショルダータックルのような構えで相手が肉薄してくる。かわす余裕もなく弾き飛ばされた。すり鉢の斜面が背中に当たり、身体の下で白い何かが粉砕された。  短刀を振りかざしてとびかかってくるスーツ男。  横に転がって危うく躱す。  スーツ男の短刀は斜面に突き刺さるが、粉塵状の白いものをまき散らしながらすぐに引き抜かれる。お互い、距離をとって立ち上がる。  啓吾は息があがっている。一分も経っていないのに、長距離を全速で泳いだように疲労している。  命がけとは、こういうものか。  脳裡にフラッシュバックするのは殺してきた犬たちのことだ。  里親募集に答えて手に入れた犬たちを何匹も殺してきた。なるべく出血させないように、なるべく苦しみが長引くように、そう配慮しながら、腹を裂き、一寸刻みに内臓を引きずり出すのが好きだった。  人間を相手に同じことをしたら、どんな気持ちになるだろうかと何度も想像した。  その自分が今、脂汗を垂らしながら反撃の機会もなく、両手でナイフを構えたまま立ち尽くしている。短刀を握ったスーツ男の右手はだらりと垂れている。動きが予測できない構えだ。  相手の戦術、経験値、何もわからない。  だが啓吾は、一つだけ気づいた。  相手の肩が激しく上下している。白いシャツが汗で濡れている。  同じだ。  相手も自分と同じ、ぎりぎりなのだ。  啓吾は牙を剥くようにして笑った。  眼鏡の向こうの相手の目が、すっと細くなった。  殺せる。  殺してやる。  かすかにそう囁き、啓吾は反撃の構えをとった。                  
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