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男の右手にあった短剣が、輝く光球に変じて男を包み込んだ。
びりびりと大気が震える。空間に、凄まじいエネルギーが満ちている。
直径二メートルほどの光球は空中に浮かび上がり、一瞬のうちに光の螺旋に形を変えた。
めきっ、ばきばきっ。
吐き気をもよおすような破砕音が聞こえたのも一瞬のことだ。
螺旋の下端からは白砂めいたものが流れ落ちた。上端からは赤く生臭いものが噴出し、赤い靄に覆われた空に吸い込まれていった。
白いものは骨、赤いものは血と筋肉と内臓だと察した。
頭上の赤い靄は渦を巻きはじめた。回転の中心、スーツ男の血肉が吸い込まれていく先に黒い太陽のようなものが現れる。
黒い太陽は靄を引き連れて上昇し、靄は渦巻く雲となって、背後に隠していた瓦屋根の街並みを、その向こうに広がる澄んだ空を露わにした。
夕暮れ時のような赤い空。紫からオレンジへとグラデーションする雲。
その彼方に世界があった。
コンクリートとガラスのビル群。電柱と電線。ずっとずっと遠く高い空を飛びすぎていく飛行機の影。行き交う自動車の排気音さえ聞こえた。
しかしそれも、つかの間のことだった。
どこか遠くから響くサイレン音とともに、雲は再び靄となって広がり、黒い太陽は覆い隠された。向こう側に見えていたすべてのものが、覆い隠された。
右手に握ったナイフの感触が、いつのまにか柔らかく冷たいものになっていた。
見ると啓吾は、人形めいた和装の女の手を握っていたのだった。
「さあ、行きましょう」
女は言った。
「すぐに、次がはじまります」と。
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