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「正直、俺。わざわざ地元までついて行っても、あんまり出来ることないかも…」
弱気になって思わずぼそりとこぼすと、助手席で腕組みしてふんぞり返った天ヶ原に容赦なく発破かけられた。
「そんなわけないでしょ。外しててもらうのは最初の面談だけだよ。大体、もしあの子を逃そうとしてることが向こうにわかっちゃったりしたら。多勢に無勢だからね。もちろん最大限気づかれないよう気を配るけど、それでも万が一ってことがあるから」
平日の昼間だから高速は全く混んでいない。気持ちよく流れていく景色、抜けるような青い空。今の状況を深く考えなければ。まるでドライブデートだ。
ちら、と横目で助手席に座ってもの思わしげに喋る綺麗な女を一瞬眺めてしまい、慌てて脳内で打ち消す。…いやそんな場合じゃないって。それに、見た目はまあいいけど。こいつはあの天ヶ原だよ?
しかし幼少期からの知り合いだからあまりそういう目で見たことはなかったけど。改めて二年ぶりくらいに間近で見ると、ほんとに見違えるくらい綺麗になった。化粧気なんて見た感じ全然ないし、髪型も高い位置で長い髪を束ねただけ。表情や物腰が柔らかくなってさえいないのに。
それでも内面を知らないやつから見たらお、と思う程度には魅力的なんだろうな。多分素材がいいんだろう。
思えば中学のときこそ奥山以外には(あと、女の子以外には。バレンタインになると下級生の女子がちらほら教室にやってきて、あのぅ天ヶ原先輩にこれ、渡してください!といって適当なやつにチョコを押しつけて逃げていくので評判は悪かった。こいつのせいじゃないのはわかってるけど、チョコは渡したいけど直接話しかけるのは怖い。なんていう状態なら他の先輩を便利に使うなよ。とクラスの連中に思われるのはまあ。…本当に天ヶ原にとっては知ったことじゃないんだけど。あと、こいつが女子に隠れた人気があり過ぎたせいでさらに木村がそいつらのヘイトを買う羽目になってた)特に男子にモテたって話は聞かなかったけど。
高校に入ると、保育園や小学生のの狂犬じみた猛々しい時代をまるで知らない男子生徒に無駄に夢見られてちょっとモテてた記憶。
俺があいつの幼馴染みだと知って、天ヶ原って空手で全国優勝したことあるって本当?(してない。準優勝まで)とか、彼氏とかいんの?どういうタイプが好きそう?とか、そんなの知らんがな!と言い返したくなる質問をちょこちょこ俺にしてくる男が何人かいた。そのうちの誰かが本人に直に当たって玉砕しに行ったのかどうかは知らない。
思えばずっと、下手したら奥山とかより。俺の方がこいつの一番近くにいた時間が長いけど。結局一度もそういう雰囲気になったことなかったなぁ。
お互い二十歳になったんだよな、と少ししみじみする。だけど、他の誰より距離が近くて比較的気安くても。こいつと付き合うとか男女の仲になるとか、正直全く想像がつかない。
どうやってそういうムードに持ってくのかもまるでとっかかりがなさそうだし。…うん、俺みたいな経験不足のヘタレには無理。奥山、よくこれに夢抱けるなぁ。
…そうだ。考えてみたら、奥山の案件もまだ何も解決してないんだった。
ふとそのことを思い出して我に返ると、俺があらぬ考えに耽ってる間も天ヶ原は訥々と説明を続けてたのに気がついた。慌ててこっそり無意識領域のレコーダーを何とか多少巻き戻す。
「…万一阪口の仲間に気づかれたら、わたし一人じゃ。あの子を守って逃がすのと連中の相手、両方は無理だから。そこは手分けする相方がいないと…。あとは地元じゃわたし、人脈がなさ過ぎるから。向こうに気づかれないようこっそり情報を集めるとか、同年代の味方を頼るとかそういうのができない。越智ならそれができるし」
「敵を知るために人脈を使う、か。…うーん、確かに」
ようやく話についていけて、俺はとってつけたように唸った。
「そしたら今日の夜、お前木村と約束取れてるんだろ。その間俺はこないだのやつにこっそり詳しい話聞いて来ようか?木村の噂流してたのが誰かとか、写真を見せて回ってた奴の名前とか。もっと具体的な情報が取れるかも」
「ああ、そうだね。電話じゃあまり細かい話もできないだろうけど。直に顔見てなら多少突っ込んだ質問もしやすいかな。そしたら、せっかくだから頼むわ」
「そうする。終わったら連絡取り合おう。…それに、そうすれば。奥山についての情報も何か増えたか確かめられるしな。そもそもその話であいつには連絡取ってたんだし」
お前にとってもそれが本題だろ?とちらっとそっちに水を向ける。天ヶ原はわかってるんだかないんだか、どこか気のない様子で呟いた。
「ああ。…そういえばそうだったね。全く、もう。…何があったか知らないけど。脚さえ無事で歩けるんなら、自力でさっさと日本に戻って来ちゃえばいいのに…」
あっさり片付けられた。でも、本当だよな。
怪力の変な女に拘束されて身動きできずに否応なく愛欲に溺れてる、とかかならともかく。
ただのスランプとか進路に悩んでるとかなら。
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