第7章 彼と彼女の現在

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彼女が応える声にはすっかり心痛で気力が落ちてしまった人の弱りきった気配があった。 『そうね。…あの子はほんとにあんまり学校のこととか話さなくて、昔から。中学で仲良くしてたお友達の名前もわたしは二人しか知らなくて…。羽有ちゃんの他にはね。その子たちは今両方とも地元にいないの。一人はアメリカに留学中、もう一人は九州の大学に行ってるわ』 「はぁ。…さすがですね」 変な感心の仕方をする。わたしは中学で誰が奥山くんと親しくしてたか、名前も顔もまるでインプットしてないのだが。それが本当だとするとその人たちはあんな田舎のうちの学校から出たくせに(て言い方。…自分もそうなのに、変か)かなりの進学校に行ったんだろうな。もしかしたらわたしと同じ高校の卒業生かも。こっちが認識してないだけで。 仮に友達三人組だったと考えると、そのうち一人がパリにピアノ留学であとの二人もそれぞれ海外と県外に進学してるのさすがだ。中学でも優秀な者同士つるんでたんだな。お互い気の合った相手がたまたまそういうタイプってことなんだろうが。 『何とか連絡先を突き止めて尋ねてみたんだけど。二人とも中学を卒業してからはほとんどうちの子とは連絡とってなかった、って。…何かわかったら教えてくださいって頼んではおいたけど。あの様子だと望み薄かも』 「そうですか。…だったら高校の友達の方が。まだ可能性あるかもしれないですね」 ぽつぽつと彼女が独白するところによると。奥山くんがパリでの下宿の部屋に戻らなくなったのはおよそ二週間くらい前のこと、らしい。 下宿先の家主さんから、数日前から食事を摂りに顔を出さないが旅行するなら前もって知らせるよう本人に言ってくれ、と留学のコーディネイトを担当してる代理人に苦情が入った。それで本人と連絡を取ろうと試みたが携帯もメールも応答がなく、調べてみると10日ほど前から学校にも出てきていないらしい。 現地での心当たりをひと通り当たったが居所が掴めないので、もしかしたら緊急で帰国してるのか?と向こうから実家に確認の電話が入り、そこからようやく事態の重大さが判明してばたばたと一気に大騒ぎになったとのこと。 『それでここ数日、こっちはこっちで日本での理仁のお友達や立ち寄りそうなところを当たって回ってるんだけど…。今のところは特に何も手がかりがなくて。あの子をこっちで見かけた、って目撃情報も一個もないし。やっぱり、まだ海外にいるのかしら。パリを出てる可能性は高そうなんだけど』 「そうか、現地では代理の方が彼を探してくれてるんですね」 日本に既に帰ってきてる、って情報がない以上向こうでの捜索に本腰を入れた方が確率は高い。高いが、土地勘のない言葉の通じない海外でご両親が自力で彼を探さなきゃいけないとなるとどうしていいかわからなくて途方に暮れそうだ、とぼんやり思ってたところでその話だから。僅かだがほっとなる。 奥山くんのお母さんは沈痛な声のままわたしの相槌に言葉を返した。 『今のところはお任せしてるけど。あまりにもこのまま埒が明かなかったら、いずれわたしも現地に伺わないと。それで何か捜索の助けになるわけでもないのかもしれないけど。…日本でこうしてじっと待っててもどうしようもないし…』 「そうですか…」 何とも言いようがなくただ頷いた。 自分が赴けば息子を見つけるのにより役立つってわけじゃない。それはご本人も重々承知でも、何もわからずただここで気を揉んでるよりは少しでも手がかりを得たいんだろうな。 一体本当に、こんなにご両親を心配させて。彼は今頃どこにいるんだろう。わたしにできることなんて、やっぱり何もないのかな。 パリは当たり前だけど。正直地元にだって、もともとわたしはほとんど他人との繋がりがないから。ろくに知り合いも伝手もないし…。 あ。 「…お役に立てるかどうかはわからないけど。地元の同級生の人脈に詳しい知り合いはいます」 あいつ、最近町には帰っていないかな。東京はやっぱりしがらみなくて快適で何でもあって住みやすい!って上京した当初めちゃくちゃはしゃいでた記憶。 それでも生来人当たりがよくてやたらと地元では顔が広かったから。誰かに声かけて調べてくれって頼んだらそのくらいなら協力してくれるかもしれない。それに、何と言っても口が堅くてああ見えて意外に行動のほどをわきまえてる。変な噂が地元コミュニティでぱっと燃え上がって回るような藪蛇な探り方はしないはずって確かな信頼はあるし。 わたしは少しでも彼女の助けになれば、と珍しく感情を込めて力づけるように強調して付け足した。 「仮に、奥山くんが地元の誰かに最近接触してればって話ではありますけど。余計なことを触れ回らずに上手いことそういう情報を広く聞いて回ってくれそうな人物が…。何もないって結果になるかもしれないですけど。わたしの方からその子にちょっと、頼んでみます。本人が特に奥山くんと仲良かったわけじゃないから。間接的な調査になるとは思いますが」 『いや知らないよ。奥山の連絡先とか。…てか、お前。そもそも自分でLINE送れるんじゃないの?』
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