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「木村さん。今日はそろそろもう上がっていいよ」
「はい。…ありがとうございます」
阪口建設グループの傘下にある小さな不動産関連会社。アパートやマンションのリフォームやリノベ、インテリアデザインのコーディネートなんかを担当してるけど、外から入ってくる人は少ない地域だから言うほど活況な市場じゃない。
都会のこういう店舗ならきっと依頼が立て続けで忙しくて大変なんだろうけど。この町では賃貸を借りるのは成人して親元から独立しようかなと考えてる若い人が顧客のメインで、それも必ずしも多数派ってわけじゃなかった。家賃が勿体ないからと言って結婚するまで何となくだらだらと親と一緒に住む人も当然沢山いるし。
だから当たり前のように毎日定時出社で定時退社。完全週休二日制でそれでも結構暇な時間帯がある。多分社長が人手が足りなくて自分の意思で求人したんじゃなくて、一人採用お願いしていい?って捩じ込まれてわたしを採ったんだろうな。と薄々感じてはいたけど、それでも職場の人たちはみんなわたしに優しく接してくれていた。それだけはありがたい。
帰り支度をして店の出口で振り向いてお先に失礼します、と頭を下げたら、さっきまで他の社員の人と打ち合わせをしていたわたしと同年代の系列会社の男の人が鞄を抱えて近づいてきて、
「俺も今終わったんだ。一緒に帰ろうよ、木村さん」
と親しげに話しかけてきた。
一体こういうときはどう振る舞うのが正解なのか。わたしは曖昧に笑って一瞬頭の中でぐるぐると答えを探した。
別にこんなにみんなが見てるところでナンパだとは思わないけど。こっちとしては特に知らない相手だから、こんな風に名前を呼ばれていきなり馴れ馴れしくされるとちょっと警戒する。
だけど、わたしが陽くんと付き合ってることを知らない人って多分この町にはほとんどいないし。同世代で阪口建設グループの関係者ならそこを読み違えることはないだろう。
そう考えて穏当にはい、と返事をして彼と並んで部屋を出た。頭から疑うのもおかしいし、基本的に男の人の言うことは素直にはいはいと聞いて言い返さない。と子どもの頃から躾けられてる。
「下手に反論したり反抗すると、倍になって返ってくるから。男の人は誰でも大体、女に口答えされるのがもうそれだけで嫌なのよ。内容じゃないの。言い返されたこと自体を根に持ってあとで反撃してくるから。いつもにこにこ愛想よくして右から左に受け流しなさい」
とよく母に言われた。
男の人なら誰からでも何言われても笑み浮かべて頷いとけ、なんて。リアルに全部そう対応してたら大変なことになるじゃん、非現実的だよ。と大人になったらさすがに論理的なおかしさに気づくけど、それでも幼いときから叩き込まれた価値観はそう簡単には抜けない。
下まで一緒に降りるくらいは別に波風立ててあえて拒むほどのことでもないか。とそのままエレベーターの前まで二人で移動した。
パネルのボタンを押して箱が一階から上がってくるのを待つ。階数の割にやけにゆっくりな速度で表示が変わっていくのを所在なく眺めてると、隣のその人が不意にぼそりと低い声で呟いた。
「…こないだは。どうもね」
「え?」
戸惑ったわたしの聞き返す声がチン、という到着を知らせる電子音でかき消された。彼はこっちの反応なんて気にもとめない様子でさっさと背中を押してわたしを箱の中に押し込む。
ゆっくり閉まる扉を確認もせずに、その人はわたしを壁に押しつけてスカートの中にいきなり手を入れてきた。
「何、…」
「いいじゃん今さら。あんなに何回もやったあとなのに。…すごかったよだりあちゃん。五人も男がいたのに、何回挿れても全然満足しなくて。途中から君がいった回数数えるのもやめちゃったよ、まるでおっつかなくて」
何のためらいもなく下着の中に指を入れて、迷わずそこをくりくりと弄る。…あぁ。
「やめ、…て」
こういうの嫌なのに。ホテルでそういう流れなら、もうこっちも諦めがついて気持ちも受け入れる準備が出来てる。だけど、仕事の場からいきなりシームレスにこんな振る舞いされても。…身体も心も全然。対応できなくて、嫌悪感がすごい。
なのに。
「何言ってんの、あんなにおっ広げて奥まで何もかも見せてたくせに。恥じらって見せたって白々しいよ。もっと脚開きなよ。…そう、いいね。あっという間に。こんなに、ぐしょぐしょ…」
「あ…っ、あぁんっ…」
感じたくなんか。…絶対、ないのに。
せせら笑うように囁かれ、中に深く差し入れられた指でかき回された。奥がきゅんとなり、それを反射的にきつく締めつける。じっとしていられなくて熱い息をつき、焦ったく腰をもぞもぞさせるわたしを引き寄せてそいつは満足そうに続けた。
「やっぱな。ちょっとここ、弄られるとすぐいきそうになっちゃう。…だりあちゃんて本当にど助平な身体なんだ。高校の頃は遠くから見てて絶対叶わないなぁとずっと憧れてたのに。…本質はこんな子だったんだね。嬉しいよ、君といろんなエッチなことできるようになってさ」
「ああっ、やめて…、ん、っ」
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