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「越智だって、生まれた土地に戻りたくないやつなのに。ちゃんと地元の友達と今でも関係保ってるじゃん」
『土地柄が苦手なのと友達は別だろ。どこに住んでても気の合う奴は気が合うし、そうじゃないやつもいるよ。でも奥山がそこら辺どういう考え方なのかは知らないから。地元と繋がりある知り合いは断固拒否するくらい徹底的に嫌ってるんならまず無理だしな。…ああ、でもお前は別なんだし。だったら他にも数人くらいは許容範囲内のツレとかいてもおかしくないか…』
まあ、あんま期待しないで待ってろ。多分返事が集まるのに数日かかるから、もしかしたらその間に情けなくへこへこ頭下げながら下宿にあっさり帰って来るんじゃねーの?と憎まれ口を叩いて越智は電話を切った。
もちろん、それならそれでいい。カッコ悪いかどうかなんて別に何も問題じゃない。生命あっての物種だ。
二週間も居所がはっきりしない、ってのはもちろん剣呑ではあるけど一応成人してる男の子ではあるし。ただ単にピアノ漬けの慣れない外国での毎日に行き詰まってしまって、気分転換にふらっと一人旅してる可能性もないではない。
それでもあそこまで奥山くんのお母さんが憔悴して、なりふり構わず行方を突き止めようとしてるのは。もしかしたら親御さんからしたら何か心当たりがあるとか、こうなる予兆を感じていた部分もあるのかな。とスマホを充電器に繋ぎながらふと一瞬だけ考えた。
越智に地元での調査を頼みはしたけど、ぶっちゃけた話そこまで何かはっきりした結果が出ると期待してたわけではない。
奥山くんがそもそも中学以前の地元の知り合いの誰とも全く連絡を取っていなければそこで終わりの話だ。だけど、それならそれでこっちの人間関係はこれ以上探る必要ない。と可能性を潰していけるので、彼のお母さんからしたらまるで無意味な情報ではないかもしれない。どのみちわたしには彼の高校以降、今の留学先の人間関係は全くとっかかりがないから。何かできるとしてもせいぜいこれが限界と割り切るしかなかった。
奥山くんからは全く何の返信もなかった。だけど少し待つと既読は必ずついたので、これも安全確認のひとつだと自分に言い聞かせて一日一回程度の頻度でLINEのメッセージは送り続けていた。
最初にうちの母から電話が来て三日後。つまりは久々に奥山くんのお母さんと話した翌日に、わたしが越智に依頼をした更にその二日後ってことになる。
塾でのバイトを終えて自室に戻り、さあシャワーでも浴びて寝るか。と首を回してこきこきしてたらいきなりテーブルに置いたスマホがヴーッヴーッ、と全身をじりじりと揺すぶって暴れながら振動し始めた。
いつもながらやっぱりいちいち心臓に悪い。けど、普段はまずLINEでもメールでもなくわたしに直接通話をかけてくる相手っていないから。前回のうちの母からの電話のときに出たあんな感じのびくっとした反応になる。だけどあのときに較べたらまあ、今は誰かから電話かかってきてもそんなに無茶苦茶驚かない。越智だけじゃなく奥山くんのお母さん、うちの母親とかいろんな可能性がある。
画面に表示されてる名前は越智のものだった。
『…はい。どうもお疲れさま。なんかわかった?』
尋ね方がいかにも軽いというか。ぞんざいに聞こえたかも。別に他意はなかったんだが。
正直に言うと、それほど重大な事実が越智からもたらされるとはほとんど考えてなかった。そのせいで全く身構えてなかった、というのはある。
せいぜい、地元では誰もあいつと連絡とってないみたいだよ。とか、前にLINEでやり取りしたとき元気なかったって言ってるやついたとか。新事実が出てきたとしてもそのくらいが限度なんだろう、と。
その予測が外れたってわけじゃない。少なくとも、奥山くんの件については。
電話の向こうで口を開いたのは一体誰なんだ、とこっちが一瞬混乱するくらい。無茶苦茶に奴がパニックに陥ってたのはまるで全然、別の理由のせいだった。
『…天ヶ原。あの、さ。…お前って。今忙しい?てか、会う予定作れる?明日とか…。なるべく早く、会って直接話したいんだけど。電話じゃ、ちょっと…。説明できなくて』
今まで聞いたこともないくらい声が震えてる越智を宥めて、何とかアウトラインだけでも聞かせろと説得したが電話じゃ言えないの一点張りに終わった。
『いや心配させたら悪いから、それだけ言うけど。…実は、奥山のことじゃないんだ。そっちは今んとこ特に新事実なくて。もう少しさらに広く声かけてみるつもりだけど。…それとは別の件で』
なるべく早く、と急かす様子があまりに尋常じゃなかったので、どうやら待たせない方がいいと判断して翌日お互いの大学の中間地点で待ち合わせた。向こうの予定は知らないが、こっちは一日くらい道場に顔出せなくてもそこの師範には何も言われない。自由度の高い自主性を重んじた大人対象の空手道場だから。
「一体何なの?びっくりした、いつもとあんまり様子が違くて。奥山くんのことじゃないんでしょ?」
駅前にあるチェーンのカフェで既に席についてた越智を見つけ、鞄を預けてからシンプルにトールのアイスコーヒーをカウンターで購入して戻る。
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