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何だか知らないが前向きな、いい話題ではなさそうなのが怖い。せいぜいあいつまだあの男と付き合ってんの?もう別れたかどうかお前、知らない?とか現在の自分にチャンスがあるかないか、探りを入れて来るくらいの話であってくれ。
「…大学に入った前後くらいにはお互いの進路報告したし。それからしばらくは向こうからLINEも来てたけど、もうずっと何も言ってこないな。インスタ更新するからそっち見てとか言われて」
「でもお前、ろくに見てないんだろそんなの。最近ちゃんと更新されてる?どんな様子か今見れる?」
確かに。ガチで他人のSNSとか全く関心が持てないので当然誰のアカウントもフォローしてない。LINE?あれは連絡取り合うためのインフラって認識だし。
実に久々にインスタのアイコンに触れ、えーと、どうだっけ。とか考えつつだりあのアカウントを開く。どこ行ったとか何食べた、みたいな他愛ないことしかアップされてないけど最後の更新は一年以上前の日付だ。こういうどうでもいいキラキラしたもの、好きそうなのに。
「ずいぶん長いこと更新されてないね。何、あの子。今どうしてるみたい?ついにあの男と別れた?」
「そういうことなら。別に全然、よかったんだけど…」
曖昧に言葉を切り、何から説明しようか。と迷いの滲んだ目をテーブルの上に彷徨わせてる。
口をつけられてないままの湯気の立つコーヒーのマグを前に、越智の小刻みに震える両手がぎゅっときつく握り締められるのを話の先を促す気にもなれずにぼんやり見ていた。
「…木村がさ。あの男の親の会社の系列のとこに就職して。今でも地元に住んでることは知ってるよな?」
「うん」
高校卒業するときにお互いの進路は報告し合ったって言ったじゃん。と思ったけどここで突っ込んで話の流れを切るのもどうかと思って素直に頷く。
「今でも付き合ってるかは知らなかった。のちのち別れることになると大変だから、彼氏の親のコネとか使わない方がいいのにと思ったけどそれは言わなかったし。どうしたの、結局それで揉めてるみたいなの?」
「うん。…何をどう説明したらいいのか。俺も正直わからないんだけど」
一体何がそんなにこいつの口を重くしてるんだ。
ようやく越智が声を絞り出すようにして出してきた台詞の意味が。誇張じゃなく掛け値なしに本当にまるで理解できなかった。
受け入れられないものは脳の表面で拒絶されて浸透できずに外に弾かれてしまうんだな。っていう謎の現象を一瞬体感できた気がする。
「阪口と木村は、今でも付き合ってるし地元で公認の仲なんだけど。…同年代の男連中の間で何だか噂が立ってて。阪口に取り入って気に入られて仲間って認定されると。木村と、その。…やらせてもらえるって」
何を?
「賞品とか特典みたいに。あいつを自由にさせてくれるらしいって話が出回ってて。…それで何とかしてあの男に取り入ろうとする奴らが。あとを絶たないんだって…」
最初に耳にしたときはそんな話。過去にまるで相手にされなくて根に持ってる連中が、木村の評判を落として溜飲を下げようとして流したタチの悪いガセだとしか思えなかった。
俺は生まれた土地が特別嫌いとか憎んでるとか、そういう意識はない。自然がまだ多く残ってて空気もきれいだし、東京に較べたら断然空が広々してて環境はいい。子どもを育てるには結構悪くない場所かもしれない。
苦手なのはそこに住んでる人というか。やっぱり人間関係の問題だな。天ヶ原くらい超マイペースで他人の目や思惑なんかどこ吹く風、ってタイプならへっちゃらなんだろうけど。
お互いを小さな頃から知り尽くしたもの同士の順列ぎめやマウンティングが常に意識されて、何となく重くて息苦しくて。とてもじゃないけどずっとここにいるのは嫌だな、と内心思っていた。
いや他人の存在なんてそもそも視界にも入らない、って顔して町内を平然と闊歩していたあの天ヶ原でさえ。東京は風通しがよくてしがらみなくて住みやすい、ここなら無限にいつまでもずっといられる。と開放感に溢れた表情でさばさばと吐露してたくらいだから、有形無形のいろんな圧はナチュラルに無差別に皆にかかってたってことなのかもしれない。あの土地がどこより住みやすい、ここじゃなきゃ安心できない。って人間も当然存在してるのはもちろん理解できるけど(じゃなきゃみんな早い段階で出て行ってしまって、今頃集落としては滅んでるはず。そうじゃないってことはそれなりの数、居心地がよくて住んでる層があるんだろう)。
さしずめ阪口陽なんかはその最たる例だ。
都会に出たらあいつの親の威光なんてまるで意味をなさないだろうけど、あの地域の中限定では水戸黄門の葵の御紋より覿面に効果がある。
本人にもそれなりにリーダーシップがあってまあまあそこそこの知力、そしてかなりの腕力を持ってる。その上に親の七光を背負ってるから水を得た魚、地元じゃまさに怖いものなし。我が世の春を謳歌してるわけだ。
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