2人が本棚に入れています
本棚に追加
一方で俺自身はどうかといえば。幼少のころは飄々として付き合いがよくて、みんなから面白い奴として認められてればそれなりにいいポジションにいられた。
明るくノリがよくて友達に囲まれてさえいれば、奥山みたいに苛められたり天ヶ原みたいに人の輪に入れず爪弾きにされることもない。ああいう外れた奴らは俺には関係ないし、と地元の空気に馴染めない同級生たちのことは他人事と片付けて見向きもしてなかった。
だけどそのうち成長するに従ってじわじわと変化が訪れる。男同士の中では俄然『強さ』が指標として重要視されるようになってきたのだ。
俺は道場の外で素人と喧嘩なんかしないし関係ないや、と最初のうちはたかを括っていた。
だけど当時の俺の周辺では、そういうヒエラルキーに執着のある奴らがトップを張っていてしかもほとんどが道場の門下生だったから。同級生の男子の中ではかなり空手が強い方だった俺は、否応なくそっちのランク付けに巻き込まれる空気になっていた。
いちゃもんつけられたりねちねち絡まれるたび、そんなの気づきもせず涼しい顔で通り過ぎる天ヶ原のことを心底羨ましいと感じた。
堂島やその取り巻きの連中は、天ヶ原がどんなにめちゃくちゃ強くても絶対に正面から向き合ってマウント取りに行ったりしない。あいつは女だから、相手するのも馬鹿馬鹿しいよ。みたいに強がってるけど本音のところは真っ向勝負して白黒つけるのが怖いんだ。女に負けた奴ってレッテルを貼られるのが。
また小学校高学年から中学に入った頃のあいつは成長期と技の習得のピークが被ったせいもあって恐ろしく強く、男だからとか関係なく普通に負けるかも。ってのが冗談にならないくらいリアルに思えた。てか、道場の外で喧嘩売ったらほんとに負けてたと思う。一人を多人数で囲めばそりゃ勝てただろうが、女子にそれやっちゃったらどうごまかしてもマウントの取りようがない。
そんなわけで、実際には最強決定戦で頂上取れるくらい強いくせに、女だってだけで度外視されて見逃されて馬鹿に絡まれないでいられるのいいよな。とさらにおちゃらけて見せることでのらりくらりと攻撃をかわしながら俺は天ヶ原を横目に密かに腹の底で不満をためていた。中学に進級するまでは。
そのくらいの年齢になると、女は女でランク付けに一方的に参加させられる。って事実が俺みたいな呑気な奴にもはっきり見えてきたのだ。
当人たちはどの程度そのことを承知してたか知らない。だけど男たちは容赦なく女子を美醜で値踏みして、順列を決めていた。そして男と違って気の毒なことに、そこで頂点の称号を与えられても本人には一個も、何のメリットもない。
ただ男同士のランク付けで強者となった奴がその子を自分のものにしていい。といつの間にか否応なく無言のルールに組み込まれるだけで。
それは暗黙の了解だから、同年代で一番綺麗で可愛い。と衆目一致された本人がすぐに気づくわけじゃない。
だけど学校でトップになったオスだけが一番の女子を口説いていいんだって空気はあからさまにあったし、ある意味それが入学後一年ほどはみんなにめちゃくちゃに口説かれずに木村だりあが無事だった理由だと思う。
頂点気取りで番張ってた堂島が上手くとっかかりを得られずにもたもたしてる間に、二年に進級するときにクラス替えがあって木村は同じ組になった天ヶ原に何故か懐いた。
普段は誰ともつるまない天ヶ原は、珍しく何故か騒がしくじゃれつく木村を追い払わずにそのままそばにいさせていた。
それであいつの保護下に置かれた、と見做されて木村はそれ以来強引な口説きを受けずに済むことになった。結構ぎりぎりのタイミングだったと思う。
中学二年ともなれば堂島たちも本格的に色気づいて、気後れを捨てて木村を手に入れて従えようと強めに押してくる可能性があった。だけど何の空気も読んでない天ヶ原が気まぐれに木村を受け入れたので、男たちは彼女を意のままにしようとごり押しに追い詰めることができなくなった。
変な行為に及べば木村は即、天ヶ原に泣きつくだろう。そうなれば堂島たちは本気のあいつと対決せざるを得なくなる。そこで全国レベルで空手最強とはいえ女子にうっかり負けを喫すれば。以後はもうこの町では面目が立たない。
何度も言うようだが女子たちの方では、男たちが暗黙の了解で決めたそんなシステムはそもそも想定の外だから。危ういところを免れたことすら知らない木村は、天ヶ原のそばでのびのびと好き放題に奥山への片思いを満喫して、楽しい青春の思い出と共に中学を卒業していった。
そこまではよかった。成り行きとはいえ、彼女にとってはラッキーだったと思う。だけど問題は高校に進学したあとのことだ。
小学校の頃は大して学業優秀というほどでもなかったはずの天ヶ原は、中学半ばくらいから本気で勉強に力を入れ始めてめきめきと成績を上げていった。
あとから考えたら小学生時点では、勉強に真剣に取り組むメリットを見出せてなくて空手にエネルギー全振りだったんだ、と理解できる。それにしても地域で本当に頭脳優秀じゃないと行けない唯一の進学校を狙ってる、と本人の口から聞いたときは正気かと疑った。
最初のコメントを投稿しよう！