第7章 彼と彼女の現在

8/11
前へ
/21ページ
次へ
こいつほどの実績があれば全国どこの空手の強豪校でもより取り見取り、引く手数多なのに。 だけど空手を進学の手段に使わない、高校以降学校の部活で空手を続けるかどうかの選択の主体は自分でありたい。ときっぱりその意図を説明された俺は呆気なく感化されて揺らいだ。 今からなら俺も死ぬ気で頑張れば間に合うかも。自宅から通えるし公立だし、背伸びして親に迷惑かかる進路でもない。将来の可能性を広げるかもと考えれば。両親も賛成してくれるかもしれない。 いや勇気には無理でしょ、と半ば呆れながらも見守ってくれる親を尻目に俺は奮起した。堂島やその取り巻き連中は極端に成績が悪くはないけど、地域でトップの進学校に進める頭じゃないしそれを求めてもいない。地元でぶいぶい言わせて気の合う連中に囲まれて楽しく一生を終われればそれで充分満足な、典型的な地方のマイルドヤンキーメンタルだ。 ああいう連中の醸し出す空気の中で当たらず触らず、笑ってやんわりかわし続けながら一生を終えるなんて。やっぱり俺は絶対にごめんだ。そこにしか出て行く道はない。 そうして地元ヤンキーたちの屯する中堅の普通高校へのルートから、俺は前向きにコースアウトした。それで結果、天ヶ原と俺とが●●高へ行かないことになって木村はそこに一人取り残される。好きな女の子がどうなるか、さすがに気にならないことはなかったけど。 天ヶ原に木村を守るために自分の進路を諦めろとは当然言えないし。かといって仮に俺だけ彼女と同じ学校に行っても、正直ヤンキーのボス的存在から木村を絶対に遠ざけられるとは思えなかった。 ヒエラルキーから自由な天ヶ原と違って、俺は男たちの中での上下関係に否応なく組み込まれてるから。堂島ならまだしも、隣町の土建屋の息子が●●高校に進むなら間違いなくそいつがボスになる。阪口を中心に大勢がまとまって圧をかけてきたら、俺程度の力じゃ木村を守り切れるはずもない。 奥山が木村を好きになってどうにかしてこの町から連れ出してやってくれればよかったのになぁ、と情けないことまで考えた。だけどあいつがほんのガキの頃から天ヶ原一本槍で純情を捧げ切っている、ってのは同級生みんなの周知の事実だったから。木村のささやかな片思いが実るはずないってのは最初からわかり切ってることだったんだ。 というか、まず木村が天ヶ原に接近したのは想い人の有名な片思いの相手だから、ってのがそもそもの理由なんだろうから。奥山もある意味まるで役に立ってなかったわけじゃない。二人が仲良くなる遠因を作った結果、木村が無事に安全な中学生活を過ごせたと言えなくもないし。 よほど絶世の美女でも同時に●●高校に入ってきて、そっちが阪口の好みに合いでもしない限り木村がターゲットになるのは免れないだろう。せめて噂よりはまともでいいやつで、本気で木村に惚れ込んで彼女を大切にするか。あるいはいっそ気が変わりやすく飽きっぽくて、早々に木村を自分のものだと大々的に披露はしたものの即次に目移りして彼女を捨てるか。どのみち傷は少なくて済むといいな、と神頼みな心持ちで俺は進学校へと進んだ。 ●●高校は地元の人間が一番多く進学するボリュームゾーンの学校だから。そこそこ友達が多くて顔の広い俺は、風の噂でそのあと木村がどうなったか、折に触れて話を聞くことがあった。 入学早々地元最大の土建屋の息子と彼女は同じクラスになってしまった。だけどそいつのやり口は思いの外洗練されていて、いきなり学校の中で大々的にこいつは俺の女だ。と宣言して強引に既成事実を作り出す、みたいな手段は使わなかったようだ。 さり気なく選りすぐった取り巻きの連中を従え、その中に木村を加える。そうやって自尊心をくすぐって、少しずつ自分は特別に思われてるのかも。と匂わせてその気にさせ、正式に彼女にするのに充分な時間をかけたらしい。 なるほどそれなら木村も、自分の意志でこの男を選んだんだ。と思わされ、そもそも選択の余地なんてなかったんだって事実は知らずに済む。どれだけ奴の通った跡が死屍累々なのかは不明だが、中学生にしてやばい評判が立つほど遊び尽くしただけあって女の扱い知り過ぎてるよな。ともうむしろ感心した。 だけど、それだけ手間をかける価値が木村にあると阪口の奴も考えたんだろう。遊びのやり捨ての女と考えてはいないことは確かだから、その調子で大切にされてれば。案外あの土地で生きて行くには一番安全な道って言えるかもしれない。 田舎だからか、女の子が自力で一生安泰に生きていけるような職業の充分な選択肢もない。娯楽も少ない場所だからタチの悪い連中の女遊びも激しくて運悪く巻き込まれるとやばい。不美人か並ならむしろそれはそれで生きる道もあるけど、中途半端に綺麗な女は目をつけられて酷いことになる可能性がある。 俺は男だから、内輪のひそひそ話で過去に自分より年長の世代のヤンキーが狙った女をどういう風にものにしたか、みたいな噂を耳にしたこともある。従順にいうことを聞けば軽んじられて弄ばれるし、意のままにならなければ強引に追い込まれる。それが嫌で地元に残る女の子たちはみんな、早めに相手を見つけてさっさと結婚してしまう。よほどのことがなければ所帯を持った女をその手の奴らがターゲットにすることは基本なかった、ようだ。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加