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1,白羽の矢
ユーリティモア。そこは自然あふれる広大な土地に、空には大小様々な浮遊大陸が浮かぶ、豊かな海を湛えた大地。
獣人や翼人と鱗人と呼ばれる様々な種族と、ヒトが長く争いを続けてきた世界。
ユーリティモアにおいて、ヒト族はメセド、獣人や翼人、鱗人などの亜人族はダナヤと呼ばれ、その覇権を争う諍いは絶えなかった。
しかし先の大戦でメセドとダナヤの両者は、長く続いた戦乱の歴史に終止符を打ち、十三年前にようやく和平を締結。
メセドとダナヤ、双方の繁栄と恒久なる和平への証として、ダナヤからは翼人の国グラノスの第一王子ニルヴァース。メセドからは帝国ナイトレルの第一王女、ミナエリアの二人が選ばれ許嫁となり、来る日に夫婦となる誓いを立てていた。
今日この日までは。
「嘘、でしょ……」
バルコニーの遥か先、遠い空を見つめて呟きが漏れた。
置き手紙だろう走り書きのメモは、動揺を通り越して怒りに震えた拳に握り込まれ、すっかりクシャクシャになってしまっている。
メセドが誇る帝国、ナイトレルの第二王女ウラヌスは、頭痛が増していくばかりの頭に手を添えると、皺くちゃになった置き手紙に視線を戻す。
【ウラちゃん、ごめーん。ファルコン一頭頂戴します。お姉ちゃんね、自由に生きることにしたから、後のことはよろしくね。てへっ】
姉である四つ違いの第一王女のミナエリアは、なかなかどうして気骨のある女性であるが、二十を過ぎた今でも奔放さを兼ね備えたとんでもないじゃじゃ馬である。
「てへっ。じゃないでしょうがぁあ!」
ウラヌスは短く刈られた銀髪を振り乱して絶叫する。まさかとは思っていたが、本当にこんな事態になるなんて想定外だ。
「……あ、あの、二の姫さま。どういたしましょう」
「どうもこうも、なんでこんな時に。今日はグラノスからニルヴァース殿下がお見えになる日だよ。今頃になって姉上はどうしてこうも奔放に……」
ウラヌスがミナエリアの側仕えに呼び出されたのは、目覚めてすぐのことだった。
ミナエリアは、昨夜早いうちに気分が優れないと人払いして、そそくさと部屋にこもってしまったらしい。
体調を気遣い今朝になって声を掛けたが、部屋から返答がない上に、内鍵が掛けられていて部屋の扉が開かないように細工されているという。
合鍵で開けられないのかと問えば、とうに試したが、何かが支えているらしく、扉を外すしか方法がないと、大いに狼狽える側仕えに泣きつかれた。
そこでウラヌスはバルコニーを伝って、外壁からミナエリアの部屋に赴き、もぬけの殻となったその部屋に辿り着いた。
「とにかくお父様の元へ向かうよ。捜索に打って出るにも、指示を仰いでからでしか進められない。姉上が他に何か手掛かりを置いて行っていないか、部屋を隅々まで調べておいて」
「か、かしこまりました」
散り散りに部屋を捜索し始めた侍女たちから視線を外すと、ウラヌスは皇宮の廊下を猛スピードで駆けた。
姉ミナエリアは置き手紙一枚を残し、二ヶ月後に控えた和平の象徴たる婚礼を放り投げて、どうやらトンズラしたらしい。
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