11

1/1
11人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ

11

大野さん親子が居なくなると、ラクが裏庭に降りてきた。 「突然お前がいなくなったから探しまわっていたら、大野さんの娘さんもいないって言うから一緒に探してたんだ。一体どこに行ったのかと思ってたら、こんな所にいたんだな」 「ああ、ごめん。ちょっと一息つこうと思ってさ」 「⋯⋯彼岸花を見ていたのか」 どこか遠慮したように、ラクが問いかけてきた。 「うん。今年も綺麗に咲いたんだな」 「ああ」 「今日、大丈夫だったか?その、あの人のことで色々と話しかけられたりしただろ」 「俺は大丈夫だ。お前の方こそ大丈夫だったのか。三回忌の最中、ずっと顔色が悪かった」 「大丈夫。少し昔のことを思い出しただけだから」 「そうか」 強い風が吹いて、彼岸花が揺れた。 「さっき言ったこと、冗談じゃないからな」 「へ?」 唐突なその言葉に視線をあげると、思いのほか真剣な色をした瞳がそこにあった。 「上司のことだ。俺は冗談で言ったつもりはなかった」 「……ああ」 何か言おうとして、でも結局何を言えばいいのか分からずに口を閉じた。 「戻るか」 黙り込んだ俺にラクが言った。 「そろそろ村の人たちも俺達がいないことに気づくだろう」 「そう、だな。うん、戻ろう」 太陽はもう沈み始めていた。あと数時間もすればあっという間に真っ暗になるだろう。 振り返ると、夕闇に咲いている彼岸花がくっきりと見えた。 あの花を見ると、俺はいつも九年前のことを思い出す。湿度を含んだじっとりとした空気や、外を吹く生ぬるい風。ラクの祖父の怒号と、やめてと泣き叫ぶラクの声。 そして、べっとりと俺の手を汚した彼岸花にそっくりなあの赤色を。 この先もきっとそれは変わらない。都内の会社で働こうが、どれだけ長い月日が経とうが、記憶の中であの日を繰り返し続けるのだ。 俺は九年前のあの日からずっと、彼岸花に縛られている。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!