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大野さん親子が居なくなると、ラクが裏庭に降りてきた。
「突然お前がいなくなったから探しまわっていたら、大野さんの娘さんもいないって言うから一緒に探してたんだ。一体どこに行ったのかと思ってたら、こんな所にいたんだな」
「ああ、ごめん。ちょっと一息つこうと思ってさ」
「⋯⋯彼岸花を見ていたのか」
どこか遠慮したように、ラクが問いかけてきた。
「うん。今年も綺麗に咲いたんだな」
「ああ」
「今日、大丈夫だったか?その、あの人のことで色々と話しかけられたりしただろ」
「俺は大丈夫だ。お前の方こそ大丈夫だったのか。三回忌の最中、ずっと顔色が悪かった」
「大丈夫。少し昔のことを思い出しただけだから」
「そうか」
強い風が吹いて、彼岸花が揺れた。
「さっき言ったこと、冗談じゃないからな」
「へ?」
唐突なその言葉に視線をあげると、思いのほか真剣な色をした瞳がそこにあった。
「上司のことだ。俺は冗談で言ったつもりはなかった」
「……ああ」
何か言おうとして、でも結局何を言えばいいのか分からずに口を閉じた。
「戻るか」
黙り込んだ俺にラクが言った。
「そろそろ村の人たちも俺達がいないことに気づくだろう」
「そう、だな。うん、戻ろう」
太陽はもう沈み始めていた。あと数時間もすればあっという間に真っ暗になるだろう。
振り返ると、夕闇に咲いている彼岸花がくっきりと見えた。
あの花を見ると、俺はいつも九年前のことを思い出す。湿度を含んだじっとりとした空気や、外を吹く生ぬるい風。ラクの祖父の怒号と、やめてと泣き叫ぶラクの声。
そして、べっとりと俺の手を汚した彼岸花にそっくりなあの赤色を。
この先もきっとそれは変わらない。都内の会社で働こうが、どれだけ長い月日が経とうが、記憶の中であの日を繰り返し続けるのだ。
俺は九年前のあの日からずっと、彼岸花に縛られている。
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