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九月が嫌いだ。生の気を強く感じる前月に比べて終わりを感じさせる季節だから。 あれだけうるさかった蝉は急激に居なくなり、太陽に向かって咲いていた花々も大分萎れてきた。最後に残るのは気持ちの悪い妙な生ぬるさだけだ。外を歩いていると、夏真っ盛りのような強烈な熱がある訳では無いのに、濡れた衣のようなじっとりとした暑さが身体にへばりつき、少しずつ、それでいて確実に俺の体力を奪い取っていく。 何気なく目線を落とすと、地面に蝉の死骸が転がっていた。今日蝉の死骸を見つけるのはこれで三匹目だ。 こいつも死んだのかと周辺を避けて歩くと、振動を感じたのか、それまでうんともすんとも言わなかった蝉が僅かに動きながらジジッと鳴いた。 ああ、こういうところも嫌いだ。この時期は生と死が斑に混ざっているせいで時々境界線が曖昧になるような、気味の悪い気分になる。 俺は蝉からゆっくりと視線を外すと、再び歩き始めた。 そう言えば、朝のニュースで綺麗なお姉さんが今日は例年よりかなり気温が高い日になると言っていた。よりによってどうしてこの日なのか。 己の不運を呪いながら、俺は耐えきれずに黒のスーツを脱いだ。まあ脱いだところでスーツの下には長袖のワイシャツを着ているから暑い事には変わりないが、着たままよりは幾分かマシなはずだ。顔を上げると、遠くの方に見なれた平屋が見えた。 到着したら直ぐに何か飲ませてもらおう。どうせあいつの事だ、いつも通り、麦茶を用意して待ってくれているだろう。 前に一度、冷えた麦茶が好きだと言ったらそれから切らすことなく冷蔵庫に麦茶を常備してくれるようになった無愛想な幼馴染の顔を頭に浮べる。 キンキンに冷えた麦茶を無言で差し出してくる彼を想像すると、少しだけ心にこびり付いた気持ち悪さが和らいだ気がした。
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