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「取り敢えず剣で済んだのは、まだ勇者が冒険初心者なのでお金が無いんでしょうね。小金持ちであれば火器の類いを雨あられのように落としてきますよね。ラッキーでしたね、あはは」
何故そこで笑うのか、魔王には理解できない。しかし他人の不幸を喜ぶという点ではいかにも魔物らしいので、部下として出来が良いのか悪いのか、魔王にはもはやわからなかった。
「いやもう、本当に勘弁してよ……」
やるせない思いを何とか奥にしまい、魔王は気を落ち着かせるために玉座の簡易テーブルに置かれた紅茶を啜る。少し冷めていた。
そのついでに、クッキーだかフィナンシェだかよくわからない田舎菓子も口へ運ぶ。
そして魔王は驚愕する。
「なにこれ美味しい……」
部下も、はしゃぐ。
「ですよね! 美味しいですよね、これ!」
何故自分より先に食べているのか。部下としての姿勢を咎めそうにもなったが、きっと毒味だったのだと信じたいので、魔王は口を閉じるしかない。
しかし魔王は恥じた。
凝り固まった自らの固定観念を恥じる。
――田舎の洋菓子店も馬鹿にはできない。
なんでもかんでも都会の物をありがたがるのは、おそらく古い発想だったのだと、魔王は3千年以上生きてきて、初めて気が付いた。
魔王はもう一つ、口へと運ぶ。
食べてみてもクッキーなのかフィナンシェなのか、やはりわからなかったが、その中間くらいの程よく軟性ある食感が非常に心地好い。最高だ。噛むと小麦の香ばしさが主張を始め、まるで大地への賛歌が口の中に溢れるような錯覚に陥ってしまう。味わいは小麦と卵の極めてシンプルなものではあるが、一度歯を入れると滑らかな素材の味わいが舌に渦を巻いて止まらないので、まるで後世に残すべき名画を口の中へ放り込んだかのような、ある種の優雅ささえ感じるではないか。
つまるところ、魔王は幸せな気分になったのだ。
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