地の底から、飽くなき渇望を

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 しかし魔王は疑問に思う。  ――これだけ上質な焼き菓子を作る店にも関わらず、何故ショートケーキは不味かったのか。  ショートケーキは焼き菓子と同時に購入したものだ。魔王自ら店頭で選んだものなので、それは間違いない。  しかしあのケーキはこれが田舎の精一杯と言わんばかりの出来栄えであったことは妙だ。少し湿った味がして、嫌らしい酸味すら感じたことを覚えている。舌触りも最低だった。  何故だろう。  魔王は深く思考の波へと身を委ねた。  ――シンプルな焼き菓子にこそ職人の技量が宿ることは間違いない。  にも関わらず、何故ケーキは凡庸だったのか。  魔王は考える。  焼き菓子の出来と(かんが)みる限り、作り方に不備があるとは思えない。おそらくあの店の職人の腕は相当なものだ。  ――となるとやはり、素材が悪いとしか思えない。  魔王は更に考える。では具体的には何の素材が悪かったのだろうか。  スポンジ部分は悪くなかった。  焼き菓子が美味しかったのだから、当然、同じ素材を使っているのだろうし、小麦粉と卵も良い物を使っているのだろう。  であれば、そこに問題は無い。  苺も美味しかった。  ケーキによく合う、甘過ぎず酸味の主張もほどほどの、小振りの苺が口中を洗ってくれていたし、今思えばスポンジの間に忍ばせていた薄切りの苺と全体とのバランスは見事の一言に尽きる。  つまり。  魔王は結論へと行き着く。  ――生クリームがお粗末であったのだ。  焼き菓子を美味しく作る職人がクリームの泡立てに失敗することなどあろうはずもない。  つまるところ生クリーム、泡立てる前の素材としての生クリームさえ良いものが手に入れば、あのケーキは美味しくなるのではないか。  気付いた魔王はもう、期待で胸がはち切れそうだ。  良質な生クリームが手に入れば、この焼き菓子の水準のケーキを食せると思うと、はち切れそうだ。
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