同棲

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同棲

 夏子さんが退職した後、二人の保育士が入って来た。一人は40代のおばさん保育士。息子さんと娘さんがもう高校生で手がかからなくなったから保育士に復帰したのだとか。  もう一人は竹田健太(けんた)という大卒の青年だ。東京生まれだというが時々聞いたことのない地方語や訛りが出る。顔はなかなか精悍で、イケメンの部類に入るのかもしれないが、出自については怪しいものがあるような気がする。優秀な大学を出てベンチャー企業に就職したが、数年で辞めた。保育士の資格は通信教育で取ったという。 「ベンチャー企業で何してたんですか?」 「もともとバイオ関係の会社なんだけどね、とても変わってる会社で、テレポートの実験もやってるんだ」  私は、「バイオ」と聞いてバイクや暴走族を思い浮かべ、「テレポート」と聞いてお台場しか思い浮かばない。大卒にまともについていけそうにない。 「人や物を瞬間的に遠く離れたところに送っちゃうことなんだ。ほら、よく『ワープする』っていうじゃん? ここにいた人が次の瞬間には遠い惑星にいるとか。そんな超能力みたいなことに真剣に取り組んでいる会社だったんだ。僕なんかは、被験者にされて、だいぶスポイルされちゃったんだけどさあ」  さっぱり意味が分からないので、そうですか、と相槌を打っておいた。 「そんな優秀な人がどうして保育士になったんですか」 「こどもが好きだし、こどもが好きな大人も好きだから」  私も訊かれたら、全く同じ答えをしてしただろう。なんとなく竹田くんに親しみがわいてきた。  自分のことを「僕」という成人男性も初めてだ。顎の下に剃り残しのヒゲが一本、日々長くなっていくのに気づかない男性も初めてだ。
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