同棲

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 竹田くんは初日から落ち込んでいた。園長先生から、男性保育士は決して園児のオムツ替えをしないようにと厳しく言われたからだ。  オムツが変えられないくらいなんてことはないだろう。むしろ仕事が減っていいじゃないか、と私は思う。でも、竹田君は、オムツ替えにこそ、愛の実践の醍醐味があるんだと力説するのだった。  竹田くんは二日目に園児と喧嘩した。泣かすどころか泣かされた。三日目は園児におしっこをひっかけられ落ち込んでいた。四日目には添い寝している園児に顔を蹴られ鼻血を噴いた。本当にどうしようもなくとろいヤツだと思った。一人前に仕事ができるまで半年を要した。  でも竹田くんは信念を持って頑張っている。その精神力は見習わなくてはいけない!  園児の登園がない日、事務室のソファーに二人仲良く座ってお弁当を食べてた。 「僕の名前、すごく便利なんだ」  首から薄汚れたタオルを垂らした竹田くんがウインナソーセージを咀嚼しながら人懐こい笑顔を向けてくる。 「便利? 名前が?」  仕事に使えない不便な職員の名前が便利だというのも面白い。ひらがなで書いたらすぐわかるというから、弁当箱の裏に箸で書いてみた。なるほど。ひらがな三つで済むのか。ハハハハ、竹田くんらしいと思った。 「私の名前、韓国語でなんていう意味か知ってる?」  竹田くんはアメリカ人の保護者と英語でペラペラ話すのに、韓国語はわからないらしい。 「『迷子』なんだって」 「へえー、そうなんだ?」  竹田くんはびっくりするような顔をした。それが私はちょっとだけ誇らしかった。だって、大卒が知らなかったことを私が知っていたのだから。ひそかに夏子さんにありがとうと言った。 「そう言われてみればさあ、美彩先生ってさあ、いつも泣いてみるみたいだもんね。迷子だからだね?」 「わ、私が?」  竹田くんは、ほらここ、と言って右目の下の小さなホクロを指差した。 「泣きボクロっていうんだろ、そういうの? ちなみに、美人アイテムだよね、それ」  竹田くんにじっと見つめられて顔が熱くなった。目のやりどころに困って視線を落とすと、弁当箱にシュウマイがあった。一つ箸で摘まんで竹田くんのご飯の上に置いてあげると、彼はありがとうと言って速攻で頬張った。 「美人アイテムを持っているからって、美人とは限らないし……」 「いや、美彩先生はきれいだよ。性格も……か、かわいいし……」  竹田くんにダブルパンチを喰らってもうメロメロだ。  横隔膜のあたりがホワーンと緩んで、からだ中がもぞもぞしだす。ウソでもいいと思った。そんなこと初めて言われた。つきあってたオトコにもそんなこと言われたことはない。カラダだけが目当てのオトコだったし。 「これまでは美彩先生は『迷子』だったかもしれない。でももうすぐ懐かしいおうちにたどり着くような気がするよ。明るくて暖かいおうちにね。ははは……」  彼は時々予言めいたことを言う。園長先生がなくしたアクセサリーもすぐ見つけてくれて、みんなに不思議がられていた。この前は、「美彩先生、家庭環境よくなかっただろ?」とみごと図星を指され、抱いていた園児をうっかり落としかけたこともある。彼には特殊な能力があるんじゃないだろうか。
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