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急転
一難去ってまた一難。遅刻常習犯の母親というものはひっきりなしに現れる。
リツくんが遠いところへ引っ越してほっとしたのもつかの間。現在はかおりちゃんのお母さんに悩まされている。一人残されても静かに遊んでいる子供なら問題はそれほど深刻ではない。かおりちゃんはリツくん以上のグズリだ。
帰宅時間がずれ込むのはさほど苦痛にもならない。困るのは園児の孤独感と焦れに共鳴してしまうことなのだ。柔な心が負った傷は治癒が難しい。何歳になっても沈殿物となって私を苦しめる。
かおりちゃんが泣きだすと、私も彼女を胸に抱きしめてしくしく泣いてしまう。そんな私を竹田くんが困り果てた顔でなでなでしてくれる。
その日はかおりちゃんのお迎えが早かった。どういう風の吹き回しだろう。それは私にとっていい予兆のような気がした。
と、さっそくポケットでスマホが震えた。見ると、画面にOPPAIの5文字が映しだされる。おっぱいレンタルドットコムだ。契約満期まではあと三か月残っているはず。何かあったのだろうか。
「恐れ入りますが、至急当社の方までご足労願えませんでしょうか。詳しいことはオフィスでお話いたします」
──私の双子に何かあったんだ。どうしよう。
かおりちゃんとリツくんが顔を涙でぐしゃぐしゃにして泣いている姿が浮かんできた。
胸がチクチクと痛んだ。激しい悔悟の情に飲まれた。
あんなちっちゃな子(ちなみにBカップ)を三年間も他人に預けっぱなしにするなんて。三年間も子供を放り出して、当の自分はレンタル収入でのうのうと暮らしていたなんて。私がどうかしていたんだ。やっぱり私は母の子なのか。振り込まれたお金を全部返金してもいい。おっぱいを返してもらおう。バカ、バカ! 美彩のバカ!
園長先生に了解を取ると一も二もなく保育園を飛び出し最寄りの駅を目指した。竹田くんが車で送ると言ってくれて、どうしようかとちょっとだけ迷ったが断った。レンタルのことはもうちょっとあとで話そう。今はまだ勇気がない。
人間というものは深く後悔すると、周りの人の目が気にならなくなるようだ。私は電車の中でずっと泣きどおしだった。
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