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コンドームに吐き出された精液が悲しかった。私たちの赤ちゃんになるかもしれなかった精子ちゃんたち。なかなかごみ箱に捨てることができなかった。
「僕ね……、赤ちゃんをつくるの、すごく抵抗がある。愛っていつかは冷めるものだろ? 子供に対する愛情だってそうだと思う。僕の生みの母は、自分は一生粥をすすっても子供だけは立派に育てたいと思ったのかもしれない。でも、捨てられちゃったんだよ」
薄暗がりの中でも天井を食い入るように見つめる彼の横顔がはっきり見えた。何か大きなものに、大きいけど漠然としたものに戦いを挑むような目だった。
──イヤだな……。愛ってやっぱりいつかは冷めちゃうんだ……。
「捨てられなくても、ネグレクトされる。私のように。捨てられたら拾ってくれる施設があるでしょ?でもネグレクトされた子供には行くところがない。ひもじい思いと寂しい思い。──それは心に沁みついちゃって大人になっても消えないの。世間をまともにわたっていくことなんてできないよ。頬に傷のあるヤクザと同じ……。みんなに嫌われて、いつも石のようにからだをすくめて……」
天井を見上げながら言った。私も凶悪な目つきをしているのだろうか。
「でもさあ」
「でもね」
ふたりは同時に口を開いた。
「そんな悲劇の当事者だったからこそ、私たち、再スタートが切れるんじゃないかしら」
「そうだよ。僕も美彩ちゃんも地獄から這い上がって来た。何が地獄か、どこにそれがあるかを知っている。だからこそ、それを慎重に避けて歩んでいけるんじゃないかなあ」
だから結婚しよう、子供をつくろう、とは言えなかった。まだ時期ではないと思った。たぶん、竹田くんも同じ思いだったと思う。でも、その時期は意外と早くやって来た。
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