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「お母様に愛されなかったことがトラウマになっているのね」
高校になかなか馴染めずにいた頃、保健室の先生にそう言われたことがある。私はこの先生を心の中で「まんまる先生」と呼んでいた。だって、顔がまん丸だから。ついでに、胸にもまんまるが二つ。私は丸が好きなのかもしれない。
「片岡さんは何をしているときがしあわせなの?」
片岡さん? ああ、私のことか。一瞬の浮遊感だった。自分に名前があることが不思議だ。
「しあわせ……?」
「そう、し・あ・わ・せ」
まんまる先生は瞳もまん丸だ。瞳が丸くない人なんていないけど、先生のは特にまん丸だと思う。きっと黒目勝ちの目だからだろう。
「しあわせって、なんだかわかる?」
実感がわかない言葉のことを考えていると、国語の授業を受けているように肩が凝って来る。
「しあわせ」──あまりにも馴染みがない。
でも、おおざっぱに言って、それはきっと満ち足りていることなのかなと思った。きっと欠けた部分のない完璧なまん丸。保健室の先生みたいに、と思った。
「高校は何が何でも勉強しなければならない所だと考えているんじゃない? それ、窮屈でしょ? 自分に合うこと、自分のやりたいことを見つけに来たと思ったらいいわ。一人でいたいの? なら、一人でやって楽しいことを探そうよ。絵を描くのが好きって言ってなかったっけ? じゃ、絵を描いてごらんなさいよ。物語を書いてみてもいいよ。やりたいことやってごらんなさいよ。そしたら、『しあわせ』が何だか、すこしずつわかって来ると思うよ」
正直言って、先生の言葉に私はほとほと困ってしまったのだった。だって、やりたいことなんて考えたことないから。ただ、お母さんが早く帰ってくるようにと念じながら、いい子を演じていたのだから。
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