竹田くんの告白、そして赦し

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 大学卒業後、彼が就職したベンチャー企業はバイオテクノロジーを研究開発する会社だった。彼以外はほとんど大学院を出ていて、大卒で入った彼は肩身の狭い思いをしたという。  会社は本業の傍ら、テレポートの実験をしていた。瞬間的に情報を脳から脳へ伝えたり、物体を移動させたりする実験だった。彼はテレポート実験の部に配属された。それも実験と解析をする側ではなく、被験者の側だった。モルモットだったのだ。被験者社員は彼以外にも何人かいたらしい。だが、彼らはそれぞれ異なる部署で管理され、被験者どうしのコミュニケーションは固く禁止されていた。それは情報が共有されないようにするためだった。テレポート実験では遠距離間での情報の伝達が試みられる。だが、被験者どうし共通の経験や文脈を共有していたりすると、そこから情報内容の類推がされることがある。それを完璧な形で排除するための手段だった。  職場生活は孤独だった。実験対象にされているのかと思うとプライドも傷ついた。  まず、二人の被験者が特異な能力を開花させた。もともとそういう能力を持っていたのではなく、多くの実験を試みているうちに開発された能力だった。ひとりは、自分の手のひらで捉えた物体の形状を完璧にコピーし遠隔地にいる人にテレポートすることができた。もうひとりは、テレポートされてきた思念的な形状を特殊な材料で実体化することができた。直線と角で成り立っている物体より、人体のように柔らかな曲線で成り立っている対象のほうが成功率が高かった。プラスチックや石膏で作られた人体像よりは、生の人体の方が成功率が圧倒的に上昇した。 「何回もテレポート実験を反復するうちに僕にもそいう能力が身についてきたんだ。不思議なことに」 「今でもできるの?」 「うん。設備と材料と環境さえ整えば裸のキミをアメリカにでもM78星雲にでも送ることができる。たぶんこの能力は一生消えないと思う」 「送ってよ、アメリカに。ニューヨークがいいな」  竹田くんがいつまでたっても正座を解こうとしないから雰囲気を和らげるために言ったつもりだった。 「いや、それはダメなんだ。テレポートできるのは体の一部なんだ」  テレポート技術はやがて、おっぱいレンタルドットコムに結実することになる。しかしその過程は紆余曲折を辿ることになる。  遠隔地に送られたおっぱいは、元のおっぱいの形状をみずみずしく保存し、機能を十二分に発揮できる。だが、提供者の胸には焼けただれたような醜い肉の塊が残るのだった。それを竹田くんは「ザリガニの甲殻のような胸」と表現した。鳥肌が立った。  やがてその問題は「スタンダードおっぱい」を仲介としたトライアングルテレポート方式の開発により解決されることになる。つまり、提供者AがおっぱいをBにテレポートする。BはAのおっぱいを受け取った代わりに自分のおっぱいを会社にテレポートする。会社はAに「スタンダードおっぱい」をテレポートする。この循環が一秒の狂いもなく行われることにより不利益を被る者を出さなくて済むのだった。今日では三日以内の時間差なら許容できるようになっているらしい。 「『スタンダードおっぱい』の一番大きな問題点は寿命なんだ。もってせいぜい五年だ。それを長いと思うか短いと思うかは利用者によって異なるとは思う。でも利用状況によっては三年ももたないケースも発生している。豊胸手術をしたらさらに劣化スピードが速くなるんだ」  夏子さんのことを思い出した。印象も薄いおっぱいのことだから細かいことまでは思い出せないのだが、契約満了の二、三か月前から、おっぱいの位置がだんだん降りて来る言って悩んでいたのだった。
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