竹田くんの告白、そして赦し

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「美彩とこれからもずっと一緒にいたかった。ずっとずっと……。でも、赦してもらえないなら……」  私の耳元で風に震える窓がカタコトなっている。だんだん大きくなってくる。真っ暗な窓から悪魔が部屋の中をのぞいている。恐怖に襲われる。胸の前で左右のこぶしを握りしめ震える。  ──こわいよ。あやちゃんをひとりぼっちにしないでよ……。おかあさん、おかあさん……。 「しょうがないよな……。僕が悪いんだから……」  竹田くんの声はだんだん小さくしぼんでゆく。ダメ! 諦めないで! そんなに力を落とさないで!  私は頭を振って、不気味な窓の音を振り払う。悪魔の姿を振り払う。そして大きく息を吸い込んだ。 「そのカノジョさんとは?」 「とっくに別れたよ。別れてから保育園に就職したんだ。キミのおっぱい、レンタル料が高くて、貯金はあまり残ってなかったけど、何とか三カ月契約でマンションも借りた。契約期間が満了してキミのアパートに転がり込んだ。僕はフリーだ。フリーと言うか、ただのヒモかもしれない。でも、美彩一筋だ!」  そうか、毎月口座に振り込まれていたレンタル料は竹田くんが払っていたのか。契約満了の三か月前に返還されたのはカノジョさんの事情。それでも契約満了日までレンタル料を払い続けたのは竹田くんの私への愛情と誠意ゆえなのだろう。 「ツミホロボシよ……」  意外な言葉が口からこぼれ落ちた。私自身ちょっと驚いた。 「え?」 「したらいいじゃない!」  お腹に精いっぱいの力を込めて叫んだら、だみ声になった。定年前の刑事さんみたいだ。  竹田くんが出て行くのなんて絶対イヤだ。彼を引き留めたくて、悪い頭を一生懸命絞った結果、「罪滅ぼし」なんて使ったこともない言葉が口を突いて出たのだ。 「悪いことしたと思ったら(つぐな)ったらいいじゃない! カノジョを愛した以上に私を愛してくれたらいいじゃない。私が好きなら、そのくらいできるでしょ? 出て行くなんて卑怯だよ!」  小さな部屋に私の声がビンビン響く。 「それはだよ。愛してよ! 毎日いい子いい子してよ! スパゲティー作ってよ! キスしてよ! おっぱいモミモミしてよ! 毎晩イかせてよ! からだが壊れちゃうくらいよがらせてよ!」  ワンルームアパートは壁が薄い。ちょっとでも大きな声を出そうものなら筒抜けだ。でも、かまわない。本心をぶちまけよう。  私は正座している竹田くんを所かまわずぶちまくった。狂ったように叩きまくった。 「イテ、イテ! イテエったら!」  こぶしが頭に当たったかもしれない。顔に当たったかもしれない。でもかまわない。これが私の本心。思いの丈をぶつけてやる。 「愛してくれたら赦してあげる。愛してくれたら! ずっとそばにいてくれたら! そしたら赦してあげる!」  体力の限界を尽くして竹田くんをぶちまくり、腹の底から叫んだ。 「出て行かないでよ! 私を置いて行かないでよ! イヤだよ! もうこれ以上一人ぼっちなんていやだよ! 赦してヨ! 赦してったら! 赦して!」  赦してあげる、がいつの間にか、赦してよ、になっている。  そうか、赦すことと赦されることは同義語なんだ。妙な悟りを開きながら私は世界の終りのように、いつまでも泣き叫んでいた。
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