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フ・ク・シュ・ウ
成田空港を飛び立つときは大雨だった。インチョン空港に降り立つと地面は乾いているものの、空は厚い雲に覆われていた。
新緑の五月。
気候温暖化のせいだろうか。梅雨に入るにはまだまだあるはずなのに、空がなかなか晴れないのは日本も韓国も同様らしい。
「ミアヤー! いらっしゃい!」
税関を通り抜けロビーに出ると、鉄柵の向こうでピョンピョン跳ねるようにして手を振っている女性があった。
ネイビーのシフォンブラウスに黒のパンツ。栗色のロングヘアにはゆったりとしたウエーブ。私はそれが夏子さんであることに気づくのに数秒かかった。スタイルとファッションセンスの良さは、周りの韓国人女性と比べて全く遜色がない。
「夏子さん……? ああ、やっぱ夏子さんだ! アンニョンハセヨ!」
「アンニョン、アンニョーン」
私たちは互いに見つめ合い、ふんわりと抱き合った。
「わあー、美彩、かわいい。ワンピースがお姫様みたいよ……」
マキシ丈の白のワンピースは竹田くんに見立ててもらったものだ。プリーツの入っているのが気に入っている。
「はじめまして。竹田健太です」
紺色のスーツに包まれた竹田くんがビジネスライクに頭を下げた。頭は七三に分けている。私が選んだネクタイがよく似合っている。
「初めまして。田中夏子です。旧姓広本です。……うわあ、このおチビちゃんにこんな高身長のイケメン、もったいないわねえ」
夏子さんは、180くらいあるのかしらと、馴れ馴れしく彼の腕をさすっている。顔が小さいから高く見えるのだ。実際は175センチにほんのちょっとだけ及ばないのだということは、まだ言わないでおこう。
「お疲れのところ申し訳ございませんが、早速わたくしどもの事務所にご案内いたします」
夏子さんは急に丁寧な物腰になる。
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