フ・ク・シュ・ウ

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 事務所に着いてすでに一時間。接客室では熱い議論が続いている。 「ええ、双方向テレポートはまだ成功例がありません。はじめは、テレポーターの能力の問題だと思われてきました。ところが最近になって明らかになったことは、テレポート空間は一方通行だということなんです。トライアングルならAからBへ、BからCへ、CからAへと同時送信が可能です。一方向だから可能なんです。が、AからB、同時にBからAというのは不可能なんです。一方通行の道で対向車とぶつかり大破するようなものです。実験の結果、テレポート空間で物質が消滅するか、たとえ空間を通過できたとしても二つの物体が複雑な形でまじりあった形で現れるのです。これを人体に適用するととんでもない事故になります」 「じゃ、おっぱいレンタルには最低二人の顧客が必要だってことかあ……。そこに会社の開発した『スタンダードおっぱい』を嚙ませなければいけないと」 「そういうことになります」 「そうか……。双方向さえできれば『スタンダードおっぱい』が要らなくなる。その分会社の利益もアップすると思っていたんだが……」  田中社長はきっと今、渋顔をつくったのだろう。竹田くんは自分が悪いわけではないのに、すみません、と謝る声が聞こえる。きっと生真面目に頭を下げているのだろう。壁の向こうの様子が手に取るようにわかる。 「どうぞ」  ソーサー付きの高級カップが差し出される。ヘーゼルナッツの香ばしい香り。  夏子さんがテーブルを挟んで向かいに座った。 「とんでもないことになるところだったんだから」  腰を下ろすや否や、夏子さんが憤懣やるかたない思いを込めて言った。 「韓国のテレポーターを使って、私と韓国人女性とでおっぱいの双方向テレポートやらせようとしてたんだから、うちの主人」  韓国にもテレポーターが多いらしい。最近雨後の筍のごとく新人テレポーターが現れると聞く。 「危ないところでしたね。そんなことになったら、夏子さんも相手の韓国の方もおっぱいが消えてなくなっちゃうところだった」  私は竹田くんが言っていた「ザリガニの甲殻のような胸」というのを思い出し、鳥肌が立った。 「全く、人の乳房だと思って……」  夏子さんは憮然とした表情でコーヒーをすすっている。 「でもよかったですね。危機一髪で竹田くんが止めてくれて」 「ホントよ。美彩のカレシがテレポーターだったから、念のためにってアドバイスを求めることができたけど、もし彼という人がいなかったら、私のおっぱい、今頃どうなっていたか……。彼には感謝しないと……」 「竹田夫人にも感謝してくださいね、えへへ……」 「もう美彩ったら、ちゃっかりしてるんだから」  よかった。夏子さんの声がいつもの明るさを取り戻した。
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