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おっぱいの女神
チェジュ国際空港の上空は抜けるような青空だった。昨日までの曇天が嘘のようだ。四方を海に囲まれた小さな島のせいだろうか、空の青みが濃くて深い。空気が香ぐわしい。
日本とは運転席の位置が逆なのに、夏子さんの運転は手馴れていた。いたるところにヤシの木があり、異国情緒を誘う。レンタカーで小一時間走ると、丘の上の一軒家に着いた。
「わあ、ここ、別荘なんですか?」
車が三台ほど止められる駐車スペースからコンクリートの階段を上がり、芝生の青々とした広い庭に出る。飛び石が20メートルほど先にコテージ風の建物までつながっている。
「ううん、一応、会社の研修所ということのなってるの。ときどき社員の家族が泊りにくるみたいよ」
玄関を入ると、天井から柔らかな光が落ちて来て、左右に空間が開ける。右はコンパクトな居室にロフト風の二階がある。左は大画面のテレビやオーディオ設備を配置した20畳くらいの居室になっており、180度折れ曲がった階段を上がると小さな洋間が三つある。どの部屋も海側にベランダが配置されている。4家族くらい泊まれるのだと思う。
居室のベランダを開け放つと、そよ風が吹き抜けた。まっ白のレースのカーテンがふんわりとなびく。海が近いから潮の香りがするかと思ったら、意外とうっすらと花と緑の香りがする。スリッパをはいて夏子さんとウッドデッキのベンチに座る。
「ほら、あそこ」
夏子さんが指さす方向を見ると、真っ青な水平線の伸びる右の端にこんもりと盛り上がった山が見える。野球帽のような形だ。
「サンバンサンって言うのよ。山の房の山って書いて」
頂上あたりはかろうじて緑に覆われているが、全体的に荒い岩肌で、大昔の火山活動の激しさをうかがい知ることができる。周りは平地なのに、そこだけ急激に盛り上がって山になっているのが不思議だった。
「フフフ……、なんか形がおっぱいみたいですね」
私が言うと、夏子さんも噴き出した。
「あら。あのごつごつした岩山がおっぱいに見えるなんて、やっぱり美彩ね。独特な感性してるわ!」
すると、後ろから声が聞こえてビックリした。
「僕たち、おっぱいレンタルがきっかけで知り合って、韓国に来ても目の前におっぱいがそびえている。おっぱいの神さまに操られているのかもしれないね。ハハハ……」
ロフトでTシャツに着替えてきた竹田くんが、腰に両手を当て、遠方を眺めている。
「神さまじゃなくて……、女神さまじゃない?」
私は夏子さんのカットソーを盛り上げている二つのふくらみをじっと見つめて言った。すると後ろに立った竹田くんも私の視線の磁力に引きつけられるように上からのぞき込む。
「ああ、たしかに、女神さま……」
竹田くんがうなずいている。
「も、もう、このふたり、ちょっとぉ……!」
夏子さんは顔を真っ赤にして立ち上がり、両腕で胸を隠した。そのままトコトコと音を鳴らしウッドデッキを降りた。そこは青々とした芝生の海。
夏子さんの髪がなびく。サンバンサンの方から吹いて来る緑色のそよ風。彼女は風上にからだを向け両手で髪の毛を押さえる。
シャッターチャンスを竹田くんは逃さなかった。
おっぱいの象徴であるサンバンサンと茫洋とした未来を期待させる青い海。それを背景として細身の夏子さんが、薄い布地のカットソーに大きなおっぱいの輪郭を浮かべ、ビーナスのように妖艶に腰を捻っている。それはまさしく私たちを幸福に導く『おっぱいの女神』だった。
女神さまは後に額縁に入れられ、私たちの夫婦の新居を飾ることになる。
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