儀式

6/8
前へ
/68ページ
次へ
 竹田くんはその時、クリトリスをいじりたくなったのだろうと思う。彼はお尻を覆っていた手を少しずつ下にずらしてゆく。それは私の目にはまるでショーツをウエストから剥いでいくように見えた。次第に彼女のお尻の全容が明らかになる。私は彼の動作を見守る。  その時、私は何かを恐ろしいことを予感していた。朝を告げる雀たちの鳴き声も、耳孔を撫でる海風もフェードアウトし、自分の心臓の音だけが大きく頭蓋骨に反響している。 ──何だろう? 何が起きるんだろう……?  決定的瞬間はまだ訪れないのに、私の目はビデオカメラとなりスローモーションで竹田くんの手を追う。 「はっ!」  ショックが総身を貫いた。吸い込んだ息を吐きだすことさえ忘れていた。身体が凍りつくというのはこのことを言うのだろう。手で口元を押さえた瞬間、どっと涙が出て来た。 「み、美彩……」  私は今やっと理解したのだった。一昨日ソウルの事務室の給湯室で、なぜ美彩がお尻を見せることをかたくなに拒否したのかを。  彼女のお尻のあちこちに刻印された赤茶色の痕を性病かと疑ったのはほんの一瞬だった。それはまごうことなき虐待の痕だった。煙草を皮膚に押し付けられてできた醜い火傷痕がお尻の下半分に10カ所以上散らばっているのだった。保育士時代、一緒に泳ぎに行きビキニ姿だって見せ合ったのに、気づかなかった。それはビキニでも隠れる極めて淫靡な領域に集中していた。 「美彩、大好きだよ……」 「うう……、竹田くん……、いいの、とてもいいの……」  竹田くんに目にも茶色の、部分的には紫色に変色した月面クレーターが見えているはずだ。なのに、彼は醜いそれをむしろ愛おしむようにして、唇と舌を這わせている。美彩も竹田くんの愛を確信し、自分の一番見せたくない部分をさらけ出しているのだった。
/68ページ

最初のコメントを投稿しよう!

45人が本棚に入れています
本棚に追加