ふたりの後ろを

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 それからふたりは別れ、いとちゃんは職員室へ。わたしは昇降口でいとちゃんを待つことにした。  先生は宿題忘れ犯をすぐには解放してくれないだろう。  小言にうんざりした幼馴染みを慰めるのが、わたしの役割だ。  廊下の先にある職員室を見ていたら、不意にうしろから話しかけられた。 「いと待ちか、さと?」  こうくんの声変わりが始まった低めの声に、思わず身体をびくつかせてしまう。 「お、悪い。急に」  振り返ったら、サッカー部のユニフォーム姿のこうくんが、頭をかいて困っていた。  あまりにも臆病すぎる自分が恥ずかしくなる。 「ううん。部活、終わったんだ?」  男子サッカー部の練習が終わったから、いとちゃんは顧問をしていた先生に会いにいけたのだ。  分かりきったことに、言いながら気付く。わたしにはこういうことが多い。 「まぁな。今日は軽く流して終わりだ」  それでも汗をかいているのが分かる。  運動部の「軽く流す」は、帰宅部のわたしの全力をはるかに上回るに違いなかった。  こうくんとわたしは違いすぎて、どんな言葉を選べばいいのかわからない。  ズレたことを言ってしまったら消えたくなる。  不器用なこうくんにフォローなんてさせたくないし。  どうすればいいんだろう?  胸の内が想いでいっぱいで、いつも以上に頭が働かない。 「あー、さと?」  ムリに沈黙を破ったせいか、こうくんの声にはいつもの力強さがない。  わたしがうまく喋られないせいで。 「ごめん」 「ごめん? なにが?」  聞き返したこうくんはとまどっているみたいだ。  なのに、なにがごめんなのかうまく説明できない。 「いや、いい。それより、さと明日の放課後ひまか?」  こうくんはムリに話題を作ろうとしている。  美人さんをほめることもできない子なのに。 「ヒマだよ。わたし帰宅部だし、いつもヒマ」  ぎこちなく、どうにか返事ができた。 「そっか、よかった」  マトモに会話ができないわたしのせいで、こうくんも居心地が悪そう。  つま先をタイルの床にこすり付けたりしている。  それでもこうくんは優しく会話を続けてくれる。 「明日、練習試合でレギュラー決めるんだ。公式戦のレギュラー」 「そうなんだ」  帰宅部にはわからないけれど、レギュラーになるのは大切なことなのだろう。  こうくんはなるのかな?  そう聞きかけて、よくわかってない奴は、よけいなことを言わない方がいいと気付いた。 「あんま興味ないよな」 「え? そんなことないよ」  なにも言わないのもよくないみたいだ。  どうすればいいのか正解がまるでわからない。 「あのな、さと」  そのこうくんの声は余裕なく上ずっていた。  驚いて、今日初めて幼馴染みの顔をまともに見る。  なぜだか表情が強ばっていた。とても緊張しているみたいに。  そうなる理由なんて思い当たらない。  気付かずなにか失敗したのかな?  じわじわと不安が覆いかぶさってくる。 「さと。明日、試合見にきてくれ」 「試合?」  思ってもみないことを言われて聞き返す。  都会に服を買いにいくのすら苦手なわたしなのだ。  帰宅部の反対側にいる運動部の試合を観るなんて、想像したこともなかった。 「そう。俺、その試合出るし。見てほしい」 「なんで? なんでわたしが?」 「だよなぁ……」  こうくんが下を向いてしまう。  おかしな聞き方をした? けど、なんでわたしが? 「さとちんに見てほしいんだよっ♪」  急に後ろから抱きつかれた。  あいかわらずいい匂いのいとちゃんが、わたしの頭に頬ずりしてくる。 「見てほしい? 試合を? なんで? わたしが?」  わたしは混乱の中にいた。  幼馴染みふたりの言うことがまるで理解できない。 「だよなぁ~~~」  こうくんがその場でうずくまってしまう。  そんなこうくんを指差しながら、いとちゃんがかわいらしい笑い声を出す。  わたしだけが何もわかっていない。 「さとちん。明日の練習試合とかいうやつは、こうくんがレギュラーになれるかどうかの試合なんだよ」 「そうなんだね。帰宅部にはよくわからないけど」 「私も帰宅部だけど、大事な時は応援ほしいのわかるよ?」  後ろから抱きついたまま、いとちゃんがわたしの顔をのぞき込んでくる。  そうやって見つめ合っているうちに、わたしにも少しずつわかってきた。 「じゃあ、いとちゃんとわたしで応援するんだね」  わたしは余分だと思うけれど。  応援されるなら、いとちゃんみたいにかわいい女の子の方がうれしいに決まっていた。 「私は行かな~い」  わざとらしくおおげさな身振りで、いとちゃんがそっぽを向く。  わたしはまたわからなくなった。 「いとちゃん行かないと、こうくんがっかりするよ?」  ふたりはちいさな時からずっと一緒の仲よしなのだし。  ううん。    ただの仲よしじゃない、もっと大切な関係。  わたしを置いて、ふたりはそういう関係に進んだはずなんだ。 「私なんかどうでもいいし」  いとちゃんが、自分の長い髪を人差し指で弄りながら言う。 「どうでも……ってことないよね?」 「ううん。こうくんにしたら、私なんてどうでもいいの。さとちんに比べたらね」  にんまり笑う幼馴染みの言うことがわからない。  こうくんにとって、いとちゃんは大切な人なのでは?  あいかわらず下を向いてうずくまっているこうくんを、いとちゃんが軽く蹴飛ばす。 「ほら、こうくんがシャキッと言わないから、さとちん訳わかんないってなってるじゃん」 「……そんなの、まだ言えねぇよ」  こうくんの地べたを這うみたいな低い声は、今まで聞いたことがないくらい弱々しい。 「公式試合で点入れて勝ってから? そんなのいつになるかわかんないって、私、昨日言ったよね?」  つま先でこうくんの背中を突っつき続ける、いとちゃん。  ふたりが知っていることを、わたしだけが知らない。 「いとちゃん、どういうことなの? わたし、きちんと受け止めるから……ホントのこと言ってほしい」  覚悟を決めてそう言っても、いとちゃんは顔を横に振って応えてくれない。 「私が言うのはダメなんだよ。とにかく、明日の試合はさとちんひとりで行って。一回お家帰って、めいっぱいおめかしするように」 「うん……わかったよ。いとちゃんが言うなら」 「お! やったぞ、こうくん!」  いとちゃんがおおきく足を振ってこうくんの脇腹を蹴る。  横倒しになったこうくんは、そうなってもわたしに顔を向けてくれない。  しばらく様子を見ていると、ゆっくり起き上がった。  なのに、あいかわらずわたしを見ようとしない。  謎だらけの中から、ひとつだけ聞いてみる。 「よくわからないんだけど。試合を観るのに、めいっぱいおめかしなの?」  言った瞬間、こうくんがびくりと身体を震わせた。  耳が赤くなっている気がする。  いとちゃんはいとちゃんでおおきな声で笑いだす。  こうくんの肩をバシバシと叩いてとても楽しそう。 「わかってるよね、こうくん? 昨日私で練習したみたいに、ちゃんとほめるんだよ?」  そう言ういとちゃんを、しっしと片手で追い払おうとするこうくん。  いとちゃん、くるりひと回転してこうくんから離れ、ビシッとわたしを指差した。 「めいっぱいおめかしだよ、いとちん。小五の時はぼさっとしてたこうくんが、今度はきっちりほめてくれるからね!」  小学五年のさとちゃんの誕生パーティ。  あの時、さとちゃんと一緒にドレスを着てお化粧をして。なのにこうくんは何も言ってくれなくて。  わたしが泣きそうになったから、さとちゃんは怒ってくれたんだ。  それから、さとちゃんは女子ふたりのファッションをほめるよう、こうくんに命令するように。  だけれど、今まで一度もこうくんはほめてくれていない。  今度はほめてくれるの?  それがどんな意味を持つのかなんてわからない。  ただ、止めようもなく胸が高鳴る。 「わかったよ。楽しみにしてる」  こうくんの背中にそう言うと、確かにこうくんはうなずいた。
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