秋風とともに君が

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 その夜、僕は二年ぶりにミユを抱いた。  最初は一緒に眠るだけのつもりだったけど、夜眠れないというミユを眠らせるには僕にできることはそれしか思い当たらなかった。  愛し合った後はあんなにぐっすりと眠っていた人が、眠れないなんて信じられない。  僕はゆっくりとミユの首筋にキスをして、彼女の大好きな愛の詩を耳元で囁いた。何度も彼女が口にしていたからいつの間にか覚えてしまった詩。彼女の目元から涙が、唇から声が、弾けるように溢れ出る。この詩の百倍僕が愛してるって気持ちが強いこと、君に伝わるだろうか。 「ずっと待ってた……」 「……タッ君……」  ミユの溢れて止まらない涙は、いつしか僕にも伝染し、僕たちは頬を濡らしながら愛し合い、キスするたびにしょっぱさを感じた。  その涙の味は、二年前に味わったものとよく似ていたけれど、未来への希望というスパイスが加わっていて、それが僕らの心と身体をじんわりと温めた。  何度も甘く声を上げて眠りについたミユのその表情は、二年前に見たものと同じぐらい柔らかくて、僕はホッとした。あの頃よりはミユの役に立たないといけない。彼女を包むように抱きしめて、静かに目を閉じた。  翌朝、鍵を交換するべく業者に依頼した後に、エリにミユが戻ってきたと連絡をした。ミユはぐっすり眠っている。 直ぐに返信がきた。 "今電話できる?" "大丈夫だよ"  こちらから電話すると間髪入れずにエリは出た。 「もしもしタカトシ君? ちょうど良かった、連絡しようと思ってたの」 「ミユが昨日戻って来たんだ。ありがとう」 「ちょっと裏技使ってみたのよ。私じゃミユさんと信頼関係築けてないから」 「裏技?」  エリによれば、やはりミユはエリの実習先で今は有給インターンをしている総合病院にかかっており、精神科に通っていた。ミユは定期的に受診していたからすぐにわかったという。 「でも、いきなりタカトシ君の同級生ですとか、タカトシ君の友達のヤスユキの元カノで、とか言っても怖がられるな、と思ったから、主治医に話したの。情報提供って形で」 「そこまでしてくれたのか」 「主治医の先生は話しやすい人だし、診察時に判断材料は多い方がいいでしょ? その後先生がどう考えたのかも知らないけど、多分後押しするような話があったのかも」  きっと、主治医はヤスユキが言っていたアイドルに似たヒカルという医者なのだろう。 「助かったよ。ありがとうな」 「役に立ったかどうかわからないけど、また何かあったら連絡してね」 「わかった」  電話を切ると、ミユが起きてきていた。 「おはよう、ミユ」 「タッ君、久しぶりにぐっすり眠れたよ」  良かった、昨日よりは表情が柔らかい。側に行って彼女をそっと腕の中に入れた。 「タッ君……夢じゃないよね……?」  ミユが僕の頬に手を当てる。 「夢じゃないよ。ほら」  僕を見上げる彼女にキスを落とした。ミユ、きちんと確かめて。今僕といることを。  いつまでも終わらないキスを、ベッドに戻って続けた。朝の光はふわりと僕らを包んで、この瞬間の気持ちがあの頃と寸分も違わないことを僕らに教えてくれる。 「……好きだよ。ミユ、愛してる」  そのまま口にしてしまったらどうしようもなく陳腐になる言葉。  だけど今はそれを言わずにはいられなかった。  何度も、使い古されたこの言葉を僕は繰り返した。どれだけ繰り返しても二年分の想いには到底届かないから。 「…………」 ミユが僕の新しい詩の一節を口にした。こないだ出したミユへの想いばかりが詰まった詩集。 「もう覚えてくれたの?」 「……うん。お返事していい?」  僕は彼女の唇から零れる言葉を必死に拾った。こんな詩を僕だけが受け取っていいのだろうか。やっぱりこの人は詩の世界にいるべき人なんだ。 「私の気持ち、伝わった?」  彼女の即興詩を受け取り、僕はうなずく事しかできないまま、強くミユを抱きしめた。
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