思い出の中の彼女

3/3
前へ
/15ページ
次へ
 ミユのおかげで、ゼミの人たちとも話すようになり、年齢相応に足りない部分がある僕に教え叱ってくれる人も出てくるようになった。それはとても僕にとっては幸せな事だった。 「あー! また忘れた……」 「タカトシさぁ、お前さ忘れ物するってわかってんだからちゃんと前の日に準備しとけよ!」 「手がかかるよねタッ君」  ミユがクスクス笑う。 「全くだぜ」  サトウユウジという先輩、もとい年上の同級生が僕の事をよく気にかけてくれる。      いつもめんどくさそうにしているけれど、何でも一通りできる器用な人で、いざという時は頼りになる人だ。今でも仲良くさせてもらっている。  僕たちは詩についての研究をするゼミに所属していて、初めてユウジ先輩 と話したのは、ゼミ講義が数回行われ、その後初めての飲み会でのことだった。 「お前さ、ラップやってんだろ?」  赤っぽいブラウンの髪の色の人が話しかけてきた。 「え?」 「俺、DJ兼ラッパーやってんだよ。お前の話あっち界隈でもチラチラ聞くぜ。Mr. After Lunch、だろ?DJ Cookieだ、よろしくな」  DJでラッパーだって?! カッコ良すぎる、古式ゆかしいMCスタイルだ。 「マジのMCですね!」 「だな。オールドスクールは最高だ!」  ニヤリ、と片方の口角を上げ、手を差し出してきた。僕はその大きな白い手を握り、握手をした。 「ねえユウジ、タカトシ君捕まえ過ぎだよ、皆で話そうよ!」  ミユがお酒のグラスを片手に話に割って入ってくる。ユウジ先輩の隣に移動してきた。 「うるせーな、音楽を愛する詩人たちの語らいを邪魔するなよ」 「私だって音楽好きだよ?」 「お前はヒットチャート好きなだけで音楽好きとは言わねえ」 「そんな言い方ないよユウジ! 音楽リスナーに貴賤はなーい!」  仲がいいな、この二人。付き合ってるのかな、などとフッと思う。  あ、今すごく余計な事を考えた気がする。  余計な事というのは、この目の前の二人が抱き合ったりする場面が頭をよぎるという、とても恥ずかしいもので、どうせ思春期の男子だよ俺は。だがちょっと想像膨らましすぎだろ! と突っ込みを自分で自分に入れていた。  でも何だかモヤモヤする。  何だろうこの霧のようなモヤモヤ感は。 「おま、やめろっての!」 「訂正と、謝罪を要求します!」  ミユがユウジ先輩をぺちぺちと猫パンチしている。かわいいな。先輩にだけなんだろうか、こんな事をするのは。こんな風に僕にもじゃれてほしい……。  ……ん?  僕にも?  ――あ。  僕は、  ミユが  好きなんだ。  ああ!!  僕は自分の気持ちに気付いて、一人で顔を真っ赤にしていた。またケチャップみたいな味が胸の中に広がる。 「タカトシ、お前酒が回ったか?大丈夫か?真っ赤だぞ?」 「ほんとだ、タッ君、大丈夫?」  ユウジ先輩の隣からミユが顔を覗かせる。そんなに先輩とくっつかないで。そんなに心配なら、僕の側に来てくれよ。二人とも似たような髪の色しちゃってさ。  炒めたケチャップみたいな。 「……ケチャップ、好きですか?」 「ん? 何だ突然? 俺は別にケチャップは好きでも嫌いでもねーけど。詩のモチーフでも見つかったのか?」 「……はい。ケチャップで一篇作ろうと思います」 「は~。思いもよらない所から言葉拾ってくるなあ、お前」  ユウジ先輩が感心している。  違いますよ、僕は先輩に嫉妬してるだけです。彼女のことを考える度にケチャップみたいな味が胸に広がるから。 「ケチャップかあ~。チキンライスにした時と、フライドポテトにつける時が好きかなー」  のんきな様子でグラスをくるくる回しながら、ミユが答える。 「薄めてもそのままでも好きなんですね」 「あ、そうだね! 言われてみれば!」 「僕は……ケチャップが好きになりました……」 「わ! どうしたタカトシ!! おい!!」  僕は飲み過ぎて、ユウジ先輩の膝に棒みたいに横に倒れたかと思うと、眠っていた。  後日ユウジ先輩を始めとしたゼミのみんなに謝ったのは言うまでもない。 「でかすぎんだよ、お前は!!運ぶの難儀したぞ」 「すみません、先輩……」 「それより、ミユに謝っとけ。飲み屋に一番近い家だからって、快く寝かせてくれたんだからな」 「いいのよ、飲み会あるあるなんだから。私んち大学に近いし、たまにこういう風に人が転がり込んでくることあるから。タッ君、気にしないでね? ドンマイ!」  ドンマイ、と言ってミユが僕の背中をポンポン、と叩く。すみません、お世話を掛けてしまって、と言いながら、僕は昨日の事が信じられずにいた。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

57人が本棚に入れています
本棚に追加