思い出の中の彼女

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思い出の中の彼女

 もう一度会いたい。 そう思いながら一年が過ぎ、大学院を卒業して、僕は社会人になった。 今なら大人の男として君に認めてもらえるだろうか。  仕事は上手くいっている。これ以上はないというくらい。 「カネシロ先生!」 学生に呼び止められた。 「すみません、レポート遅くなっちゃって…」 「ちゃんと提出期限は守るように。今回は仕方ないけど次は無いからね」 「はい、すみません」 学生が走って遠ざかる。  大学院を出て一年経とうとしている。恩師の助手をしながら、大学で2コマほど講義を受け持つようになった。  自分では詩人だと思っているけれど、それでは食べていけないから。  詩を書く為に詩の研究をしながら、僕は生きている。  詩を書く時にはいつも思い出す。  あの日、彼女が言った言葉と、僕が言えなかった言葉と、それまでの思い出を全部。  彼女は今どうしているだろうか。研究を諦めた彼女。もう面影も薄れてきているのに、思い出の中の彼女だけが生々しい。  彼女とは、大学で出会った。  彼女は同じ文学部だったが三年でゼミが同じになるまで知らなかった。飛び級で入学していたから、大学三年生なのに、僕はまだ十八歳だった。  何がきっかけで話し始めたかを思い出すのは難しい。  確か彼女が、混み合った学食でここ空いてる?と僕の前に座ったのが始まりではなかったろうか。大学は、当たり前だが周りは年上の人ばかりだった。何となく特別視されているのも分かっていたので、自分からは友人を作ろうとしていなかった。 「あ、そこ持ったら零れちゃうよ」 考え事をしながら食べていて、紙パックのジュースの面を握ろうとしていた。 「角持たないと、ね?危ないよ?」 笑顔で僕の紙パックを取り上げると、くるりと内巻きになったオレンジ色の髪を揺らして彼女は微笑んだ。年上の女性の物腰なのに、その笑みは少女みたいに可愛らしくて、僕は混乱した。 「あ、はい……」  僕はその時、銀髪で両サイドをかなり剃り上げた髪型をしていて、尖った格好をしていた。なのに、そんなことはまるで関係が無いという風に、僕に話しかけてきた人。 「同じゼミなの、知ってた?」 「え? いえ……」 「カネシロ君って面白いね。はっきりモノを言う時もあれば、こんな風にぼんやりしたりして」  クスクス笑っている。 「……どうして僕の名前を?」 「飛び級で大学にやってきた天才少年、彗星のようにやってきた期待の若き詩人。この大学であなたを知らない人はいないわ。ましてや同じ文学部でね」  そんな風に言われているなんて知らなかった。僕は、詩を書いて発表し、アングラでラップをするだけだったから。 「私は文学部三年、チヂワミユ。よろしくね、天才少年カネシロタカトシ君」 「そういう言い方やめてください」 「気に障った?」 「はい、とても」 「そう言われる立場と才能があるのよ。羨ましいよ、カネシロ君が」  頬杖をついて、ミユは首を傾げた。 「何度読んでも、あなたの詩集を超えるものを自分が書けるとは思えない」  僕の詩集を読んでくれているのか、何度も。 「チヂワさんも詩を、書くんですか?」 「うん。書いてる、じゃなくて書いてた、になりそうだけど」 「そんなの、ダメだ!」  大きな声を出した僕に周りとミユが驚く。 「……詩は、生まれ出てくるものです。それを止めてしまってはいけない」  静かに微笑んでミユは、そうだね、ありがとう、と言った。 「ねえ、次ゼミだから一緒に行こう?」  昔からの友達のように自然にミユはそう言って、紙パックのジュースを僕に手渡した。
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