15人が本棚に入れています
本棚に追加
おさな遊び
「いーち、にーい、さーん、しーい、ごーお」
僕はかくれんぼの天才だ。
「ろーく、ななー、はちー」
一か八かだけど。一位になる事が多いんだ。
「きゅうー、じゅうー」
よし!始まりだ!
「もういいかーい? 」
「もういいよー!」
みんなが隠れ終わって、返事をした。
僕は必殺技を使う事にした。
今日は見つかるかな?
僕の必殺技。かくれんぼマスターの僕。
君だけに教えるよ。
鬼の後ろに隠れるんだ。
ビックリ?
ずっと鬼の後ろに隠れるんだ。
鬼に着いていくんだ。
同じ所にいちゃだめだよ。
これで僕はよく最後まで残ったんだよ。
鬼はいつも驚くんだ!
君もビックリしたかい?
夕暮れ時、日が沈む頃。公園のブランコが揺れた。ギシギシと音をたてる。子供たちはそれぞれ遊んでいる。そろそろ帰る時間だろう。
かくれんぼ、鬼ごっこ、ダルマさんが転んだ。
公園は遊びの宝庫。遊具だけで何時間も遊べる。
その様子を眺めていた。胸元のネクタイを緩めた。少し暑い。汗ばんできた。
僕はかくれんぼが好きだった。
君に攻略法を教えたっけ。
二人で隠れるからすぐ見つかるようになっちゃってさ、なかなか上手くいかなくなってさ。
でも楽しかったよ。
君が越してきて、僕達はすぐ遊ぶようになった。
転勤族の君の父親。また君は引っ越す事になった。楽しい時間はあっという間に過ぎる。
子供には、親の仕事なんてよくわからない。
僕は泣いたよ。
君も泣いていたね。
もう遊べなくなると思うと寂しくってさ。
遠くに行くと思うと悲しくってさ。
だから僕達は約束したんだ。
これから二人で、かくれんぼしようって。
じゃんけんはしなくていいよ。
僕が鬼になる。
僕はかくれんぼマスターだから、君が「もういいよ!」って言ったら必ず見つけるって。
いつでもどこでも見つけるからね。
大丈夫、自信があるんだ。
君は僕の必殺技を使うかな?
そしたらさ、僕も見つけれると思ったんだ。
単純にさ、探せば見つかると思ってたんだ。
ねえ、覚えてる?
でも「もういいよ! 」
なんて、ずっと聞こえなかった。
変だなって思った。
遠い所に隠れたかなって。
だから声が聞こえないのかな。
それとも、もう忘れてしまったのかな。
僕と遊ぶのが嫌になったのかな。
かくれんぼ。
出来ないのかな。
今日ももう、帰る時間……
小さな僕はいつも待ってた。
何の遊びをしても待ってた。
いつでも準備してたんだ。
君の事が好きだったのかもしれない。
僕は幼すぎてわからなかった。
今思うと、攻略法を教えたのは君だけだった。君と二人で隠れるのが楽しかった。君がいつか帰ってくると信じて疑わなかった。もう一度会える日が楽しみで仕方なかった。君は僕と同じで、いつも僕の事を考えていると思っていた。君の事が好きだったんだ。
日が沈む。母親達が子供を迎えに来る。みんな、手を振り家路に着く。
僕は砂場で三角の山を作っていた。
一人ぼっちで。
今日も君は「もういいいよ!」って言わなかった。
僕のお母さんが、走って来たんだ。
僕は帰りが遅いと怒られるかと思った。
違った。
君の嘘つき。
もう大嫌い。
約束したのに!
僕の必殺技だって教えたのに!
君のバカ!
バカ!バカ!バカ!
幼い僕は理解するまでに時間がかかった。ようやくわかったのは、中学生になった頃かな、でも実感は沸かなかった。
いつまでも君は隠れていると思ってた。思いたかった。「もういいよ!」ってすぐそこで、聞こえる日を待っていた。
振り返ると君がいて、「みーつけた!」そう言いたかった。
大人になるにつれて、忘れていった。仕事の事や、対人関係、家族の事。考える事が多すぎて。時に何かを忘れる事も必要だった。
公園に来ると思い出すんだ。君の事。たまたま仕事帰りにここへ立ち寄った。今の僕なら君を見つけられる。手元のスマホの電源ボタンを押した。そのまま画面は暗くなった。
君の病気が見つかった。
果たすことの出来なくなった約束を思い出す。かくれんぼ。僕が鬼で、君が隠れる。
「……よいしょ」
ブランコから立ち上がった。
「もういいかーい? 」
「まーだだよ! 」
「もういいかーい? 」
「もういいよ! 」
本当の嘘つきは僕だ。僕には守るべきものが増えた。君を忘れる事も次第に増えていった。君との思い出に区切りをつけるつもりだった。
そして何より、君は僕なんかよりも一日一日を必死に一生懸命生きている。
そう思うと、ちっぽけに思えた。僕の思いも。約束すらも。
君はもっと、ずっと遠くにいるんだね。
僕は心の中で数え始めた。
一、ニ、三。大人はずるい。君の事だって、本当の事を教えてくれなかった。
四、五。だから、僕はずっと待ってたんだ。
六、七。知らずにいたんだ。君はすぐ元気になると信じてた。
八。君は今何を思っているんだろう。もしかして、まだ続きをしてるのかな。そんな事なんてないか……
九。病室の扉を開けられなかったのは僕だ。一番ずるくて嘘つきなのも僕だった。
「だって、僕たち約束したんだよ! 」
「どうしてお母さん、そんなこと言うの!? お母さんは何も知らないくせに! ]
十。もういいかい?
僕はまた日常に戻るよ。いつもの僕に戻るよ。ごめんね。最後まで見つけられなかった。
「もういいよ! 」
振り返ると大人になった君が後ろで笑っていた。
ごめんね、ごめんね。
僕はかくれんぼマスターじゃなかった。
鬼になるのは苦手みたいだ。
隠れてばかりで、逃げてばかりで。
向かい合うのを避けていた。
僕は君を探しにも行かなかった。
怖くて背を向けたまま、
何も見えないふりをしていた。
待つことしか出来なかった。
僕は公園を後にした。
最初のコメントを投稿しよう!