紗夜3

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紗夜3

 読み終えた頃には、陽が昇り始めていた。パステルカラーに染まる空に、カーテンの隙間から目を細める。  そこで気力が途切れ、私は本を抱えたままベッドに突っ伏した。  言い知れぬ満足感と心地よい疲労感、湿った蒸し暑さが私を抱きしめる。 「あぁ、いいなぁ……これ……」  結局、私が月詠先生と詩が好きな理由はわからなかった。  理由はわからないまま、もっと好きになった。  今日はひとまず寝よう。大きくあくびを吐き、両腕をうんと伸ばした後、私はゆるやかに目を閉じた。  次に目を覚ますと、世界は昼過ぎになっていた。  徹夜明け特有の倦怠感に空腹と蒸し暑さが加わり、私はゾンビのようにベッドから這い出る。  詩集が、バサリと音を立てて床に落ちた。 「わ、しまった!」  私はページが折れていないか確認し、そっと胸に抱く。 「そういえば、他にも本出してるのかな……」  思い出してスマホで検索をかけると、あった。  著者の紹介にあと1冊、題名が載っている。 「残り1冊……後で本屋行ってみよ」  詩集を学習机に置いて、私は部屋を出た。 ドアを閉めた時。体の一部を置いてきたような寂しさが、ふと胸の中で燻った。  卵とベーコンで適当に作ったブランチを食べた後、私は一人で本屋に足を踏み入れた。  エアコンの無差別的な涼しさが、露出した私の二の腕を冷やす。  大手チェーン店のそこは、先日の書店より圧倒的に品揃えが豊富だったが、落ち着ける雰囲気ではない。 「ええと、検索するやつは……」  頼子なら、こう言う時サクサク見つけてくれるんだろなぁ。  話に食いついてくる頼子を想像しつつ、私は店の奥で検索機を見つけた。  検索機の反応の悪さにヤキモキさせられながら、月詠帳の名前を検索する。   「あった」が店内在庫の欄には、バツ印が表示されていた。 「あでも、取り寄せることはできるんだ……」  お取り寄せの欄についた丸をじっと見つめてつぶやく。  しばらく画面を見たあと、私はTOPへ戻るボタンを押した。  どうせなら、ちゃんと探して、手に取って買いたい。  なぜか、そう思ってしまった。これ、頼子に感化されたのかな……されてるな、間違いなく。  苦笑しそうになるのを堪え、本屋を出たところで。 「あれ、紗夜?」  聞き慣れた女の声が、私の名前を呼んだ。 「頼子……あ!」 「あ?」  そうだ、頼子ならこの詰みを打開できるかも……!  キョトンとする頼子に、私は今いまの事情を説明した。 「ハァーン? それで、私にその本を探せと?」 「いや私も探すから、頼子にはその手伝いを頼みたいの! この通り!」  手を合わせて頭を下げると、短い沈黙の後。  微笑みの混じったため息が降ってきた。 「まあ、いいよ。どうせヒマしてたし。それに……」 「それに?」  顔を上げると、頼子の輝くようなドヤ顔があった。切長の目が私を捉える。 「……美少女の頼み事なら、断れないさ」  美少女って……いや確かに竹下通りで声かけられたことはあるけどさ……?  一瞬の間が開いた後、私は口をへの字にして言う。 「くっさぁセリフくっさ……」 「そんなこと言うならやっぱやめようかなあ?」 「ごめんなさい嘘です!」 「まったく、調子のいいやつ」  と頼子は優しく微笑んだ。
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