紗夜4

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紗夜4

 それからというもの、頼子との本探しはほぼ毎日続いた。同時に、夏休みももうすぐ終わろうとしていた。  今日も本屋の帰りに喫茶店にて。  想像してたやつの倍は大きかったミルクセーキをのんびり吸い上げながら、私が言う。 「やっぱり、西荻窪のあの本屋にならあるかな」 「かもねぇ、後で電話で聞いてみようか」 「うん」  頼子はクリームが乗ったアイスココアを、ストローで危なっかしくかき混ぜる。 「それにしても随分なハマりようだよね紗夜。取り寄せずに探して買うとか、私でもなかなかしないのに」 「自分でも不思議なんだ。月詠先生の詩って、詠んでると、こう……心がぽかぽかしてくるっていうか? あぁぁ〜これじゃファンレターとか書けないや……」  うまく自分の感情を伝えられずヤキモキしていると、頼子がグサリと一言刺してきた。 「圧倒的、語彙力のなさ」 「う、うるさいな!」 「ファンレター送る前に勉強だねー」  茶化すように言う頼子だったが、その目はどこか別のところを見ていた。  頼子の視線を追って窓を見ると、ジリジリと焼ける音が聞こえそうな外の景色があるだけだった。    頼子と別れた後。私はひとり、文具屋を訪れていた。  月詠先生に送るレターセットを買うためだ。  頼子に茶化された通りになんてなるもんか。この気持ちを今すぐにでも伝えてやる。  と、息巻いてやってきたはいいものの……。  柔らかな色の木棚に、個包装された便箋が所狭しと並んでいる。どれもこれも色鮮やかで、お菓子の詰め合わせみたいに可愛らしい。  小綺麗なレターセット売り場に、私は妙な居心地の悪さを感じていた。  メールや電話でやりとりできるこのご時世。連絡手段がこれしかないとはいえ、手紙を書くなんて、相手に特別な感情がある、と公言しているみたいだ。落ち着かない……。  伝えたい気持ちと、もし下手に選んでキモがられたらと言う不安が入り混じって手を湿らせる。  私は手汗を服の裾で拭き取ると、棚からひとつ取り出した。  封筒はパステルブルー、便箋は水彩画のような、深い青の星海。 派手さはない、しっとりと落ち着いたデザインに、私は一度、瞬いた。  私も月詠先生も、夜にまつわる名前だし、ちょうどいい。  そのままレターセットを購入し、私は家路についた。  帰る間ずっと、手紙で何をどう伝えるか、そのことで頭がいっぱいだった。
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