東京

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. . . 彼と1か月ぶりに会ったのは仕事の現場だった。 正直に言えば、孤独な気持ちは抜け切れていなかった。 それでも島に行くまでの重く悲しい日々よりは随分とマシに思えて、彼に会えるというだけで変な高揚感が続いた。 彼は全く乗り気じゃなかったけれど、大型書店に頼まれて初めてサイン会をしたこの日。 私は出版社の関係者として、担当と一緒に会場について行った。 7階建ビルすべてが本屋である会場に着くと、始まる3時間前なのにも関わらず、彼の熱狂的な読者達がビルを取り囲むように列を成し、警備員が道路に出ないように誘導している状態だった。 彼の凄いところはこれほど世代を問わず深刻な活字離れと言われる世の中で、大衆小説よりは純文学に寄った書き方をする作家にも関わらず、若い読者層をきちんと掴んでいることだと思う。 1ヶ月に1冊も本を読まない人が50%に届きそうなデータもある中、これはかなり稀有な存在だ。 私は会場の準備を少し手伝い、書店の社長やイベント担当と名刺交換をしたあと、彼のいる控室に向かった。 控室には彼しかおらず、私はコンビニで買った差し入れの飲み物を机の上に並べながら 「みんな、あなたが来てくれて本当に嬉しいって」と彼に声をかけた。 「嫌になるよ。何時に終わらせるつもりなんだか」 「そんなこと言わないで?うちの出版社も箔が付いたんだから。」 その言葉に彼は少し呆れたように笑うと、 「これから最後まで笑顔振りまかなきゃいけない僕の身にもなってくれよ」と机の上に置かれた無糖のペットボトルコーヒーを手に取った。 「ねぇなんで今まで断ってたのに、サイン会なんてする気になったの?」 「僕はやりたいなんて一言も言ってないんだけどね」 「だから不思議なの。気分で返事したわけじゃないでしょ?」 彼はコーヒーのキャップを指で回し開けると「家に来たんだよ」と面白そうにそう言った。 「担当が?」 「いや、あいつは今、専務なのかな。いつもダブルのスーツ着て胸ポケットにチーフまで入れた、いかにも育ちの良さそうな男がいるだろ」 「それ専務取締役のこと?あの次期社長候補って言われてる人でしょ?」 「そう。そいつが家まで来てさ。この書店にはいつも世話になってるし、今年創業140周年だからどうしても僕を出させたいって言うんだ。だから仕方なくね」 「知り合いなの?あの人、編集部になんて来ないし、わたし入社式の時にしか見たこともないけど」 「昔ちょっとね。世話になったんだ。恩返しとまでは言わないけど、たまには向こうの頼みも聞いてやらなきゃいけないなと思ってさ」 彼は腕時計をチラッと見てため息をはくと「タバコを吸いながらやらせてくれるんだったら、随分と楽なんだけどな」と控え室から出て行った。 こうして始まったサイン会は彼が今まで読者との交流を全くしてこなかった人なのもあり、彼に会えただけで泣き出す読者まで出て、凄まじい熱量のものになった。
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