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「何かあったの?」
お盆休みの連休で実家に戻ってきた私に、母がお皿を食卓に並べながらそう言った。
「何かって?」私は咄嗟にそう返した。
「久しぶりに帰ってきたと思ったら、なんか心ここに在らずだから」
私はこの時、母に思い切って伝えてしまおうかと思った。
けれど横に座っていた姉が
「ほんと何があったの?男の理想みたいな見た目しちゃってさ」と言ったので、それに腹が立って口をつぐんだ。
「どういう意味?」
「だって髪なんてゆるく巻いて、こんなタイトな服で出るとこ膨らませてさ。いい女が付けてる香水の匂いがするもん。ねぇヤバい男と付き合ってるんでしょ?」
姉はいいネタを見つけたとばかりに身を乗り出して、好奇心でいっぱいになった少年のような目で私を覗き込んだ。
この姉の図太さと無神経さは子供の時からいつも喧嘩の種になる。
全くと言っていいほど、私と性格が違うのだ。
「別に男のせいじゃない」
「ファッション誌の編集部でもないのにお洒落して行かなきゃいけないわけ?絶対に男以外に有り得ない。ねぇお母さんもそう思うでしょ?」
母は残りの天ぷらを揚げながら、どうかしらねという具合に微笑んだ。
ここに姉がいなければ、母に話してみたかった。
だけど姉がこんな話を聞けば、わーわーと騒ぎ立ててその男に会ってみたいとか、慰謝料が取れるんじゃないかとか言い出すのが容易に想像がついた。
姉と私は昔から全くタイプの違う人間で、姉は外を男の子のように走り回り、私は1人家で本を読む子供だった。
姉の活発さに反して大人しかった私に、本の面白さを教えたのは母だった。
母はいつでも穏やかで、声を荒げたところも見たことはない。
子供に叱る時だって冷静な口調で諭す人だった。
取り立てて良い会社で働く訳ではない父親が定年までに稼ぐであろう給料を計算し、やりくりしながら地味に、そして丁寧に生活している母が好きだった。
3時にケーキが出てくるような豪華さはなかったけれど、それでも私たちの家はいつも幸せに満ちていた。
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