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午前中だけパートをしている母は必ず私たちが学校から帰ると家にいて、おやつに色んなお菓子を作ってくれた。
お菓子と言っても、みかんの缶詰めをゼラチンで固めたゼリーとか、グラニュー糖がパラパラとかけられたラスクと言えば聞こえのいい耳の切れ端とかだったけれど、私たちは家に帰ると一目散にキッチンに向かい、手を洗ってきなさいと微笑まれた食卓の上でそれらを奪い合って食べたものだ。
春になると近所の人からお裾分けされる青梅も、私たち姉妹の楽しみだった。
他の家庭では梅酒にしていたようだけど、母はいつも私たちの為に氷砂糖だけを入れた梅シロップを作ってくれた。
学校が夏休みになると少し夜更かしを許されていた私たちは、お風呂上がりにビールを傾ける父の横に座り、水で割った甘い梅ジュースを飲みながら映画を観たり、父と母の昔話なんかを大人のような顔をして聞いたりした。
いつもは知らない大人だけの時間に混じったような、特別なあの夜が大好きで。
時計の針がいつもならベッドの中にいる時刻を指していると、ちょっぴり大人に近付いた気がした。
けれど夏休みが終わる頃。
作り置いていた梅のシロップが底を尽きると、また"大人の生活と子供の生活"という明確な線引きが日常に呼び戻されてしまい侘しくなる。
8時にはベッドに入り、残業から帰った父と顔も会わせられない日々に戻ること。
そして背伸びをした特別な時間は終わりに近付いているんだということが、夏の終わりという切なさも相まって、子供心にも切なく胸を小突いたものだった。
活字が読めるようになってからは、週末によく隣町の古本屋に行って私がほしい本を何冊も買ってくれた。
お姉ちゃんに内緒よと自転車を漕ぎながら優しく微笑む母に「うん」と返事をしてしがみついた。
母は私が本を好きなこと。
それを伸ばしてやれば将来の仕事にするかもしれない所まで、思考を巡らせていたのかもしれない。
そんな未来を想像できる母に、私と彼の事を話したら何と言うだろう。
大切に育てた娘が東京に出て、夢だった仕事をしてると思いきや、有名作家と不倫をしているなんて。
都会に汚れた娘だと思うだろうか、それとも馬鹿でどうしようもない娘だと思うだろうか。
どちらにせよ可哀想な子だなんて哀れまれたら、固く頑丈になり始めた心でも流石に耐えられそうになかった。
私は可哀想なんかじゃない。
あんな素敵な彼から愛を貰って生きてる唯一の女なの。他の女なんか目じゃない。
私は他の女が味わった事がないほど、深い愛を貰って生きてる。
そんな気持ち、お母さんにだってわからないでしょ?
そう伝えたかったけれど、私たちの愛をどう言えばわかってもらえるのか検討もつかなくて、私はため息を吐いた。
それにしても実家の空気を嗅いでいると、住んでた頃は気が付かなかった母の凄さをまじまじと思い知る。
それは母が大切に日々を過ごしてきたこの家に、背けられないほど表れているからだと思う。
釣りだけが趣味の口数が少ない父親と、大きな喧嘩もせず2人の子を育て、この決して大きくない一軒家を大切に守ってきた。
ここは母のものだった。
全てに母の色があった。
毎年、新聞屋から貰う干支の石鹸が玄関に飾られて、電話の横にはもう20年も前のグアムのホテルで楽しそうに遊ぶ私たちの写真が写真立てに入っていた。
1日の大半を過ごすキッチンには、手書きのラベルを貼られたお茶の葉たちが重なり、趣味で縫われたティッシュカバーと同じ柄のミトンが幸せそうにぶら下がっていた。
昔から変わらない小さな白い陶器の花瓶には、季節の花が彩りを添え、洗い上がった食器類が籠の中で水滴を光らせる横で、母は今日も冷蔵庫にくっついている使い込んだタイマーで天ぷらを揚げていた。
そうだ。
私はこの母のようになりたかったんだ。
なのに私は今、母から一番かけ離れた所にいる気がした。
「ねぇ、どんな男なの?写真だけでも見せてよ」
姉の好奇に満ちた目を横目に「写真なんてない」と缶ビールを傾けた。
この家に帰ってくると、心がざわつく。
年末年始は帰ってくるのはやめよう。
そう決めた。
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